動物衛生研究部門

NIAH病理アトラス

山羊関節炎・脳炎 (届)

Caprine arthritis encephalitis

病気の概要

別名
原因 レトロウイスル科、レンチウイルス亜科に属する山羊関節炎・脳脊髄炎ウイルス
疫学 山羊は年齢、品種に関係なく本ウイルスに感染する。乳を介した母子感染が主要な感染経路と考えられている。発病率は低く、成獣の関節炎の発症率は10%以下と考えられている。
症状 幼獣(主として2~4カ月)で、四肢麻痺が生ずる。症状の進行は急速であり、後躯の不全麻痺、運動失調あるいは脚弱に始まり、2~4週間で四肢麻痺へと進行する。成獣(通常2~9歳)では緩徐に進行する手根関節部の腫脹が主要症状である。飛節と膝関節が侵されることがある。罹患山羊は、跛行、歩行忌避、関節運動の障害等を呈した後、起立不能に陥る。体重減少や泌乳低下を伴う。成獣でも麻痺がみられることがあるが、その進行は緩徐である。
肉眼所見 高頻度に現れる片側性または両側性の手根ヒグローマがこの疾病の特徴であるが、実質上は全ての関節で組織病変が観察される。ヒグローマは慢性病変であり、手根前部において平らな、嚢胞状の、皮下の膨張として観察され、内部は線維素性あるいはゼラチン様集塊を含む黄色ないし血様液によって充たされる。通常は手根関節や腱鞘とは連絡していない。腱鞘と関節包は線維性に肥厚しており、その部位では膠原線維壊死やミネラリゼーションが起こっている。主要な関節(とくに手根関節や膝関節)は、しばしば透明な黄色液体を入れて拡張している。滑膜の絨毛状過形成、軟骨の線維化と糜爛、パンヌスpannus(関節軟骨を覆う肉芽組織の膜)による関節構築の破壊が手根および膝関節で最もしばしば観察される。しかし、顕微鏡的には関節炎は多くの関節で観察される。
関節炎以外には、肺炎が観察される。病変部割面では小白色結節が多発性に観察されるが、これは気管支および血管周囲のリンパ球浸潤を反映したものである。
組織所見 診断に重要な臓器は、関節、乳房、肺および脳脊髄である。幼獣の主病変は脱髄を特徴とする白質脳脊髄炎であり、軽度な間質性肺炎を伴うこともある。成獣の主病変は関節炎、腱鞘炎および滑液包炎であり、乳房炎および間質性肺炎を伴うことがある。各部位における炎症反応は同様であり、間質性の単核性細胞浸潤が認められ、時に大きなリンパ球集族ないし濾胞形成をみる。

肉眼像 Macropathology

手根関節部が左右とも腫脹している。右前肢は跛行を呈する。 シバヤギ(感染病理研No5095)、雌、5年4カ月齢(原図:播谷 亮)
手根関節部が左右とも腫脹している。右前肢は跛行を呈する。
上のシバ山羊の前肢。両側の手根関節部が明瞭である。 シバヤギ(感染病理研No5095)、雌、5年4カ月齢(原図:播谷 亮)
上のシバ山羊の前肢。両側の手根関節部が明瞭である。
別のシバ山羊。起立困難を呈する。 シバヤギ(感染病理研No5046)、雌、3年3カ月齢(原図:播谷 亮)
別のシバ山羊。起立困難を呈する。前肢の手根関節を屈曲させ、いざり歩く。両前肢の手根関節部は腫脹している。
上の山羊の前肢。右前肢の手根関節部が重度に腫脹している。 シバヤギ(感染病理研No5046)、雌、3年3カ月齢(原図:播谷 亮)
上の山羊の前肢。右前肢の手根関節部が重度に腫脹している。腫脹部を触診すると、若干波動感がある。腫脹部を圧しても、山羊はあまり痛がらない。
上の山羊の右前肢腫脹部前面を縦に切開したところ。 シバヤギ(感染病理研No5046)、雌、3年3カ月齢(原図:播谷 亮)
上の山羊の右前肢腫脹部前面を縦に切開したところ。腫脹部はいわゆるヒグローマ(嚢水腫)であった。すなわち、皮下織には嚢胞が形成され、内部は線維素性あるいはゼラチン様集塊を含む黄色ないし血様液によって充たされていた。本例では、嚢胞は腱鞘と連結しており、切開部下部には断裂した腱(矢印)が観察された。この伸筋腱の破損のために、山羊は手根関節を伸展することが困難となったと考えられる。

病理組織像 Histopathology

リンパ球浸潤を伴った滑膜の絨毛状増殖。 HE染色、x40。 手根関節、シバヤギ、雌(感染病理No.4986)、2年9カ月齢(原図:播谷 亮)
リンパ球浸潤を伴った滑膜の絨毛状増殖。
HE染色、x40。
リンパ球浸潤を伴った肺胞壁の肥厚と2型肺胞上皮細胞の増殖。 HE染色、x200。 肺、シバヤギ(感染病理No.4990)、雌、4年8カ月齢(原図:播谷 亮)
リンパ球浸潤を伴った肺胞壁の肥厚と2型肺胞上皮細胞の増殖。
HE染色、x200。