作物研究所

水稲の晩植栽培における技術的留意点

2011年4月14日版

東日本大震災の被災地域等においては、春作業が本格化する時期を迎える一方で、現在、農地・農業水利施設の被害状況の調査が継続中であることから、水利機能への影響、復旧工事や応急措置による作付の可否を確認しつつ、水稲の播種作業等の営農を開始することが重要です。これに関連して、農林水産省の方でも3月31日付けで、「被災地域等における営農準備のための技術指導についての通達(http://www.maff.go.jp/j/press/seisan/sien/110331.html)」でも農作業スケジュールの見直しを促しているところであり、実際に、通常の作期よりおそく水稲の田植えを行う晩植栽培に取り組まざるを得ない地域があると思われます。ここでは、参考として水稲の晩植栽培における一般的な留意点を以下にお示ししております。なお、細部については、地域の条件、品種によって変わりますので、地元の指導機関、普及機関にお問い合わせ願います。

1.想定される問題点と要因

「晩植栽培」(遅植え栽培や晩期栽培と呼ぶ場合もある)は、暖地の一部地域で水田の高度利用や病害虫被害の軽減のために行われていたが、近年は高温登熟を軽減するために出穂期を遅らせる方策として、温暖地や寒冷地の一部でも推奨されている。関東以北での晩植栽培では、出穂遅延による登熟不良が懸念されるため、各地における出穂晩限を確認し、晩限までに出穂が可能な条件(品種や作付時期,苗の種類など)を選定することが重要となる。総説として解説した文献として、新井(1990)がある。

晩植栽培で想定される問題点とその要因としては以下のように整理される。

1)育苗のトラブル

通常より高温状態での苗育成で徒長などの問題の可能性。

2) 穂数、籾数減少による減収

栄養生長期間が短縮されることや、育苗や移植期が高温期に当たるため、軟弱苗による植え傷みの影響を受けやすい。このため、分げつ発生期間の短縮等により、穂数減少を生じやすく(平野ら1959)、籾数が不足する可能性がある。

3) 登熟不良

出穂の遅延にともない登熟期間の気温及び日射量が低下するため、登熟不良が懸念される(太田1970、丸山ら1985)。各地で出穂晩限が設定されているので、これを参照する。一般的には、出穂晩限は出穂後40日間の平均気温が20~21°Cを下回らない時期となる。

4)倒伏

栄養生長期間が短くなるために出葉数の減少や乾物重の減少に伴い、稈が細くなりやすい。品種の選定(田中ら2002)や施肥による制御が重要となる。

5) 病虫害

一般に、生育期間中の稲体の窒素含有率が高く推移するため、いもち病、紋枯れ病の懸念が増大する(平野ら1958、太田1970)。また、イネツトムシなどの害虫の多発にも注意が必要となる。

2.技術的対応

1)育苗

晩植栽培では育苗期間が高温となるため、苗が軟弱徒長しやすい。日中最高気温が30°C以下が望ましい。軟弱苗は移植後の活着の遅れによる分げつ抑制や生育遅延が懸念されるため、苗質の確保が重要となる。出穂期を早めるためには稚苗よりも中苗、成苗の利用が有効となる。苗の種類については、移植晩限までに余裕がある場合には稚苗、晩限付近の場合には中苗の利用が推奨される。

<健苗育成(徒長の抑制)>
苗の徒長を抑制するには、(1)苗箱播種量の減量、(2)育苗期間の短縮、(3)施肥量の減量、などが重要となる(新井1990)。仮に徒長苗となった場合は、剪葉する(3葉期の草丈が15cm以上の場合に3葉を1/2程度にカット)。
苗箱播種量の減量については、減量にともなう健苗育成による収量安定化が報告されている(平野ら1959、青田ら1963)。また、施肥については、床土への基肥を控えて、葉色を見て追肥する。また、余分の灌水は徒長を促進するので葉が巻かない程度に灌水は抑制する。

<中苗の利用>
晩植では苗の葉齢が出穂期に及ぼす影響が大きく、中苗の利用により,稚苗と比較して出穂期が5~6日早まる(丸山ら1985、品種トドロキワセ)。また、作付時期についても、中苗の利用により、移植晩限を5~10日遅くすることができる(農林水産技術会議事務局1977)。なお、中苗による出穂期と移植晩限の変動幅は地域や品種によって多少異なるので、地元の指導機関や普及機関に確認が必要である。
中苗の場合の苗箱播種量は、乾籾で箱当たり80~100gが適量となるが、通常、必要苗箱数は増加することになる。

2)移植

栄養成長期間が短縮する中で、籾数を確保するための移植法が重要となる。
晩植栽培での穂数確保のためには、平均一株苗数が3本以下にならないように、苗の掻き取り量に注意する。また、密植により穂数が確保しやすくなり、一般に収量が安定化する(山口ら1980、下田ら1981)。具体的には、株間を通常より1~2割狭めるが、耐倒伏性の低い品種では密植により倒伏が助長される(平野ら1956)ことに留意する。

3)水管理

晩植栽培では分げつの確保や耐倒伏性の向上などのために、通常の栽培よりも水管理による生育制御の重要性が高まる。

基本的には,分げつを促進するための水管理が重要である。寒冷地においては障害不稔危険期が遅れるために低温に対応した深水管理を行う可能性は小さくなるが、気温が急変することもあることから、対応が可能となるよう準備は行う。

分げつの促進のためには、移植後の活着期から分げつ前期まで浅水管理にする。また、中干しは有効分げつの確保を確認してから実施するとともに、幼穗分化期までに終了する。なお、中干し時期が高温になりやすいため、過度の中干しにならないように中干し期間を調整する。
幼穗形成期以降は浅水~間断かんがいとして、徐々に地耐力を高めるとともに、根圏の健全化を図る。登熟後期に日射や気温が低下するため、早めに地耐力を確保する。

4)施肥

生育期間の短縮、地力発現時期が早まるなど、初期生育時の窒素含有率が高く推移する(平野ら1958)。このため、普通期栽培と比較して基肥の減肥を基本とする。基肥の減肥は耐倒伏性(稈伸長の抑制)、耐病性(特にいもち病)の確保にも有効となる。また、肥効の配分としては後期重点施肥の増収効果が報告されている(青木1983)。

肥効調節型肥料を利用する場合、生育期の気温条件を基に溶出速度を計算して施肥設計を立てる。生育期の気温が高まるので、溶出速度が速まることに注意する。基肥全量施肥はできるだけ避け、幼穗分化期以降、葉色を確認しながら穂肥で調整する。

5)品種選定

地域の出穂晩限を確認し、過去のデータ等をもとに、晩植栽培での出穂期を予測して品種を選定する。品種特性としては早晩生以外に、耐倒伏性や耐病性,耐虫性が重要となる。

(独)農研機構作物研究所では、北関東の稲麦2毛作地帯に適する晩植栽培向きの品種育成を行っている。この育成試験では、東北中部から北関東向きの主要品種の晩植栽培における生育や収量を調査しており、この地域における晩植栽培用品種の選定において、参考になる(別表参照)。

主力品種「あきたこまち」、「ひとめぼれ」、「コシヒカリ」のうち、晩植栽培では「ひとめぼれ」と「コシヒカリ」の出穂期と成熟期が早植栽培と比べて逆転しており、収量性も「ひとめぼれ」で、高い結果が得られている。また、「コシヒカリ」よりも出穂の遅い品種は関東地域では収量性を確保しやすいが、それぞれの地域における移植期・出穂期・登熟期の晩限、水利の条件等を考慮し、品種を選定する必要がある。

なお、茨城県では出穂の安全期間及び収量性からみた移植限界として、「コシヒカリ」は6月25日、「キヌヒカリ」は6月30日としている(茨城県農業総合センター2010)。 群馬県や埼玉県の稲麦2毛作地帯での晩植(普通期)栽培向きとされる品種(群馬県:「朝の光」、「ゴロピカリ」、「あさひの夢」、埼玉県:「キヌヒカリ」、「朝の光」、「彩のかがやき」)について、6月下旬に田植えを行った場合の生育や収量のデータが、水陸稲・麦類・大豆奨励品種特性表(農林水産省生産局、2008年)に掲載されている。

6)その他

通常の作期とは異なる病気や害虫の多発が懸念されるため、圃場を十分観察し、必要に応じて指導機関の助言を得て適切な防除を行う。

慣行作期よりも遅くまで用水を必要とするため、地域の慣行水利の見直しが必要な場合がある。

晩植栽培での収量安定化のためには,前述のように中苗の利用、密植などが重要となるが、これらの技術の導入には苗箱の必要数が増加するため、育苗施設の利用や苗箱、培土の準備において、あらかじめ十分な計画を立てる必要がある。なお、生産資材が不足する場合の対処については、農林水産省の3月31日付けの「被災地域等における営農準備のための技術指導についての通達」をご参考ください。また、農研機構中央農業総合研究センターホームページ「水稲の移植栽培における晩限日の推定について」もご参照下さい。

主要うるち品種の晩植栽培における生育、収量

参考文献