畜産草地研究所

写真で見る繁殖技術

牛の受精卵移植

受精卵移植あるいは胚移植(Embryo Transfer、E.T.)は優良な雌牛から胚を採取し、体外で凍結などの操作を行った後に、別の雌牛に移植することをいいます。

1)受精卵移植の概略

受精卵移植の概略

受精卵移植は(1)雌動物に卵子を多量生産させる過排卵処理技術、(2)受精卵を生殖器から採取する技術、(3)採取した胚を検査・処理し、凍結するなどの体外操作技術、さらに(4)それを雌動物に移植する技術と4つの技術が必要です。

牛は通常1年間に1頭しか分娩しませんので、その一生涯に10頭程度の産子を生産するだけです。そのために優秀な雌牛に排卵誘発剤である性腺刺激ホルモンを注射して、一度にたくさんの卵胞を発育させます。 この牛が発情したときに、優秀な雄牛の精液を人工授精します。 人工授精7日後に子宮の中に降りてきた受精卵を、洗い出して採取します。 取り出した受精卵は実体顕微鏡で検査して、ストローに入れたり、凍結などの操作を行います。 別に用意した受卵牛、借り腹牛にその受精卵を移植します。受胎すればこの牛から、最初に用いた優秀な雌牛の子牛が産まれてきます。

日本ではおいしい牛肉を生産する黒毛和種の受精卵を白黒模様のホルスタイン種に移植して、乳牛から黒毛和種の子牛を生産することが行われています。また アメリカやカナダから優秀な牛の受精卵を輸入し、あまりミルクを出さない牛に移植して、すばらしい能力の牛を作るということも行われています。

受精卵を生産し、胚を提供する動物を供胚(卵)動物(donor、ドナー)、胚を移植され、分娩まで仮の母体になる動物を受胚(卵)動物(recipient、レシピエント)といいます。

2)受精卵採取準備中の杉江佶博士

受精卵採取準備中の杉江佶博士

2. この受精卵移植技術の開発には日本人が大いに活躍しています。その最大の功労者が農林省畜産試験場の杉江佶博士です。昭和39(1964)年8月に、開腹手術などの大がかりな方法を用いない非手術的な方法で子牛の生産に成功しています。

杉江佶博士の開発された方法に刺激を受け、またその成功度の高さに励まされて、多くの研究者が受精卵移植の技術開発に取り組み現在 の方法が確立されました。中央で牛の直腸に腕を挿入されている方が杉江佶博士です。先端に赤いゴムの管がついている器具が先生の開発された受精卵採取器具です。

3)過排卵処理した牛の生殖器

過排卵処理した牛の生殖器

3. 過排卵処理の結果、たくさんの受精卵が作られた牛の卵巣と子宮の写真です。通常牛の卵巣(両側の凸凹とした隆起物がある組織)には1個の黄体があるだ けですが、この例では片側に8個以上の黄体ができています。2本のくねくねとした部分が子宮で、この中に管を入れて子宮の中を洗います。

4)受精卵採取中の杉江佶(ただし)博士

受精卵採取中の杉江佶(ただし)博士

4. 子宮の中を洗い、受精卵を採取中の写真です。ビニール管の先にあるガラス製の試験管に採取した液を集めています。(なお中央で腕組みしている方は家畜の体外受精で有名な花田章博士です。)

5)受精卵採取器具

受精卵採取器具

受精卵採取器具

5. 受精卵を採取する器具はヒトの尿道カテーテルを改良して用いられています。カテーテルの先端に風船がついており、外から注入した液の逆流を防ぎ、子宮の中を良く洗えるようになっています。

6)農家での受精卵採取風景

農家での受精卵採取風景

6. 外国でも日本でも農家の牛舎で採卵することが一般的です。これはカナダの農家での採卵風景です。

7)受精卵の検査

受精卵の検査

7. 子宮の中を洗い、採取した受精卵は実体顕微鏡の下でさがして、発生状況などから見た品質などを判定します。(最左側で検査中の方は中国工程院院士、包旭日干博士です。)

受精卵を液体窒素の中で凍結しておき、保存することも可能です。現在では農水省の堂地修博士(現、酪農大学)が主に開発された方法により凍結され、精子と同じように、融解後直ちに子宮に移植されるまでになっています。

拡張した胚盤胞

拡張した胚盤胞

7日目に取り出してきた牛の受精卵の写真です。(いろいろな発生段階の受精卵やウサギなどの受精卵は別のhtmで見ることができ ます)大きさは約0.15mmです。大きくふくらんでいるように見えるのが拡張胚盤胞で、周囲にあるのが透明帯といわれる受精卵に特有な構造です。

変性した受精卵

変性した受精卵

受精卵移植ではいつでも良好な受精卵が採取されるとは限りません。ここにある13個の受精卵(?)はすべて変性しており、移植しても子牛になることはありません。

8)移植準備

移植準備

8. 良好な受精卵は、非手術的な方法(人工授精で行われているような膣、子宮頚管を通して子宮に中に移植する)で移植します。

杉江佶博士の共同研究者の相馬正主任研究官(当時)が移植器に受精卵の入ったストローを装着した写真です。

9)移植器具

移植器具

9. カスー式の移植器(ET-Gun)です。細菌感染を防ぐために、ビニール製のカバーなどを被せて移植するのが普通です。

10)移植準備中

移植準備中

10. 受卵牛(レシピエント)には特別な処理をすることはありませんが、軽い麻酔をかけてから行うこともあります。

11)移植作業中

移植作業中

11. 移植の作業中です。移植それ自体は5分もあれば終わります。

受精卵移植による産子数等の推移

現在世界中では1年間に55万頭の牛に(体内)受精卵が移植されています。主に優秀なホルスタイン種の改良や増殖のためにこの技術が用いられています。

日本では年間5万頭以上の移植が行われています。日本独自のことですが、乳牛から黒毛和牛を生産することが行われています。

受精卵移植では過排卵処理を行って、受精卵を大量に作り出すことが行われています。もともと排卵誘発剤は効果的に効く場合と、あまり効かない場合があ ります。1ヶ月も要して受精卵採取の準備をして採取したが、先ほどのように1個も良い受精卵がとれないこともあります。

この様な欠点を補う方法が開発されてきています。その技術が食肉処理場の卵巣を用いる体外受精であり、体細胞クローン牛に繋がる技術である核移植の技術です。

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