【豆知識】

コラム

信長時代のコクゾウムシ

2013.07.26 宮ノ下明大

 

最近読んだ本の中に「ムシの考古学」(森勇一著:雄山閣)があります。今回のコラムでは、この本から、遺跡から出土したコクゾウムシの事例を紹介しましょう。

コクゾウムシ

織田信長の居城として知られる清洲城があった清洲城下町遺跡からは、56点のコクゾウムシ成虫の化石が発見されています。同じ土坑内からは、ノコギリヒラタムシ33点、コクヌスト5点、コクヌストモドキ4点が発見されました。これらの昆虫類は貯蔵穀粒やその粉体を食べる貯穀害虫と呼ばれる仲間であり、現代日本の穀物貯蔵施設や精米所で普通に見ることができます。遺跡の調査区周辺には穀物を貯蔵する施設があったと推測されています。

遺跡から発見された虫たち
遺跡から発見された虫たち

名古屋城三の丸遺跡にある江戸時代の遺跡からは、多数のヒメイエバエの蛹と共にコクゾウムシも発見されました。ヒメイエバエは生ごみや糞ではなく、発酵した漬け物のぬか床に発生する特徴をもつことから、発見された場所は漬け物のぬか床だったのではないかと言われています。

沼向(ぬまむかい)遺跡(仙台市)の江戸時代後期頃の伊達氏家臣の館があった区画で発見された壷の中から奇妙なものが見つかりました。それは、真っ黒な昆虫、黄色の粉末、暗褐色の紐状物質の3点です。真っ黒な虫はコクゾウムシで300匹に達しました。黄色の粉末は粉ぬか、紐状物質は植物組織と思われました。つまり、ぬか漬けに使った壷だったのです。本では、ぬか漬けが取り出されたあとにコクゾウムシが発生したと推測しています。

壺の中には
壺の中には

こうしたコクゾウムシの化石は、いつも人間の生活に関連した場所から発見され、日本人とコクゾウムシの関係に長い歴史があることを示しています。現在では、すっかりコクゾウムシは見なくなった。どこにいるのでしょう。と言う方もいるかもしれません。現在でも玄米貯蔵庫や精米所にはコクゾウムシが多数発生しています。ただ、精米時に虫を取り除く方法が普及したため、市販のお米から見つかることは非常に少なくなったのです(コラムNo.17参照)。

信長時代のコクゾウムシの化石は、愛知県埋蔵文化財センターに保管されています。私は、熊本大学の小畑先生の調査に同行し、この真っ黒なコクゾウムシと対面しました。顕微鏡を覗きながら、「いやあ、美しい、見事な点刻(備考)のコクゾウムシですね」と言ったら、苦笑いされました。

備考

点刻甲虫類の成虫の体表面に見られる丸い凹み。コクゾウムシでは背面の上翅の点刻が目立つが、腹面側にも多数みられる。点刻の配列、大きさ、形は甲虫類の種を同定する際の特徴となる場合がある。

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参考文献

  • 森勇一(2012)ムシの考古学.237頁,雄山閣,東京.
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関連情報

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更新日:2019年02月19日