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酵素mRNAに相補的cDNAを用いたハイブリダイゼーション法によりmRNA の定量を行うことができる。ここでは方法の概略のみを記載する。現在、 数多くの分子生物学の実験書が市販されている。ここで用いる手法はこの ような一般的なものであり詳細については成書を参考にされたい。なお用 いる器具、試薬等は乾熱、オートクレーブ等で滅菌したものを使用するこ と。熱をかけることのできないものは6%過酸化水で滅菌する。 1. cDNAプローブの調製 cDNAプローブの調製としては、(1)酵素cDNAがクローニングされたベ クターの分与を受け、大腸菌を形質転換させることにより増幅し、適当な 制限酵素によりcDNA断片を切り出し精製するか(2)PCRによって目的の cDNA断片を増幅し、精製する方法が考えられる。ここでは、後者の方法に ついて述べる。 1) PCRプライマーの設計 cDNAプローブを調製するためには、まず目的とするタンパクのcDNA配列 を知る必要がある。cDNA配列の多くはGenBankデータベースとしてイン ターネット上に公開されている。GenBankデータベース上に見つけるこ とができないものについても、論文として公開されているものもあるの で検索によりcDNA配列を知ることができる場合もある。また、ラットと マウスのcDNA配列の相同性は通常90%以上であり、マウスcDNA配列を元 にして調製したプローブでラットmRNAを定量することができる。また、 ラット・マウスとヒトでの相同性も80%以上であり、ラット・マウスの cDNA配列を元にして調製したプローブでヒトのmRNAを検出することも十 分可能である。cDNA配列を元にして上流と下流のプライマーを 設計する。我々は通常アミノ酸をコードする領域で1000bp程度のDNA断 片が得られるようなプライマーを選択している。プライマー設計上の注 意については成書を参考にされたい。 設計したプライマーは業者に合成を依頼する。 2) PCRによるcDNA断片の調製 (1) PCR パーキンエルマー社製RNAPCR Coreキット(N808-0143)を用いている。 マニュアルに従って反応液を調製し、RNAからDNAへの逆転写とPCRを行 う。逆転転写酵素によるファーストストランドcDNA調製にはラット肝臓 から調製し、オリゴdTセルロースにより精製したmRNA画分(200ng反応) を用いている。しかし、一般的には総RNA(1μg/反応)で十分である。 もちろん、肝臓で発現していない酵素・タンパク質については発現が みられる組織RNAを基質として使う必要がある。我々が用いているPCR 条件は以下の通りである。 94℃、5分(イニシアルデナチュレーション) | ↓ ┌─ ─┐ │ 55℃、2分(アニーリング) │ │ 72℃、10分(イクステンション) │ 30サイクル │ 94℃、1分(デナチュレーション)│ └─ ─┘ | ↓ 55℃、2分(アニーリング) 72℃、10分(ラストイクステンション) (2) アガロース電気泳動による確認 PCR終了後、重層したミネラルオイルを除き、反応液を回収する。 反応液0.1mlのうち5〜10μlを用いアガロース電気泳動で反応を 確認する。 【試薬】 1. x50TAE緩衝液(2Mトリス酢酸、0.1M EDTA pH8.0):調製後オートクレ ーブで滅菌(121℃、20分)、冷蔵保存 2. グリセリン色素液(50%グリセロール、0.2mg/mlブロムフェノール ブルー、0.2mg/mlキシレンシアノール、1mM EDTA(pH8.0)) 3. エチジュームブロマイド(10mg/ml、遮光冷蔵保存、強い発ガン性を 持つので取り扱い注意) 操作の実際 1. アガロースゲル(0.7%)の調製:0.84gアガロース(Sigma TypeII)に x1TAE緩衝液(x50TAE緩衝液を滅菌水にて希釈して調製)120mlを加える。 電子レンジでアガロースを融解する(よく混ぜること)。アガロースが 溶けたら、電子レンジから出し、7.5μlのエチジュームブロマイドを 加え、型に入れてゲルを調製する。我々の用いているミニゲル装置で は3枚のゲルが調製可能である。 2. 電気泳動:PCR反応液に20%量のグリセリン色素液を加え、スロット に入れ電気泳動を行う(100V、約30分)。ブロムフェノールブルーが ゲルの約真ん中まできたら泳動を終了し、トランスイルミネータで バンドを確認する。DNA分子量マーカーを同時に泳動すること。 予想の分子量のところに明瞭なバンドが認められればPCRは成功であ る。 DNA配列を調べ、確認する。 3) cDNA断片の精製 上述のPCR反応で条件さえよければ1反応で1〜3μgのcDNAが増幅さ れる。収量が少ない場合は適当なベクターにクローニングし、大腸 菌を用いて増幅することが考えられるが通常その必要はない。得ら れた、cDNAは低融点アガロースを用いた電気泳動で精製し、プロー ブとする。 【試薬】 1. 低融点アガロース(Sea Plaque GTGアガロース) 2. TE緩衝液(10mM トリス塩酸、lmM EDTA、pH8.0):オートクレーブ滅菌 3. β-アガラーゼ(FMC, 1unit/μl) 4. グリコーゲン溶液(べーリンガー、分子生物学用、20mg/ml) 5. 9.375M酢酸アンモニウム:滅菌水で調製し、濾過滅菌 操作の実際 1. 4本分のPCR反応液中のDNAをエタノール沈殿で回収し、0.05〜0.1mlの TE緩衝液に溶解する。通常10〜20反応を行いcDNAの精製に用いている。 2. 通常のアガロースに換えて、低融点アガロースを用いゲルを調製し 電気泳動を行う。低融点アガロースは固化しにくいので冷蔵庫中で固 化させると時間を節約できる。また、ゲル強度が弱いので取り扱いに は十分注意する。 3. トランスイルミネーターでバンドを確認し、カミソリでバンドの切 り出しを行う。 4. ゲル断片(200〜400mg)を1.5mlエツペンドルフチューブに入れる。 1μlのβ-アガラーゼ 緩衝液(購入のβ-アガラーゼにx50緩衝液が添付されている)を入れ、 1時間放置。 5. 緩衝液をピペットで吸い出し、除去する。ゲルを65〜70℃で融解し、 45℃にセットした アルミブロック恒温槽に入れる。ゲル300mg当たり1〜1.5unitのアガ ラーゼを加え、ピペットを用いよく混ぜる。45℃で1時間放置。 6. 反応液を10分間氷冷後、12000回転で10分間遠心分離。 7. 上清を別の1.5mlエッペンドルフチューブに移す。消化されなかった ゲルは再融解し、1本のチューブに集める。これに、2〜3unitのアガ ラーゼを加え、45℃で1時間再消化する。 反応液を10分間氷冷後、12000回転で10分間遠心分離し上清を合わせる。 8. 未消化のアガロースを完全に除くため、上清は再度遠心する。 9. 得られた、消化液0.34mlに対し0.08mlの9.375M酢酸アンモニウムお よび0.5μlのグリコーゲン溶液を添加し、1mlのエタノールを加える。 一夜、冷蔵放置。 10. 12000回転、20分の遠心でDNAを回収する。脱塩のため0.1〜0.2mlの 70%エタノールを加え再度遠心する。回収したDNAは真空ポンプを用 い乾燥し適当量のTE緩衝液に溶解する。 11. DNA量は試料一定量をDNA分子量マーカーとともに電気泳動し、バン ドの濃さを比較することにより推定する(正確な値は必要ない)。 濃度は25〜50ng/μlに調製する。 2. ノーザンブロットハイブリダイゼーション 組織から抽出したRNAを電気泳動で分離後、ナイロンメンブランに転写し、 32pラベルしたcDNAプローブでmRNAを検出する。 1) 組織からのRNAの抽出 RNAは自然界に豊富に存在する、RNAaseにより容易に分解する。試薬、 器具の滅菌を確実に行う。また、必ず手袋を着用する。 【試薬】 1. 1Mクエン酸ナトリウム(pH7.0):オートクレーブ滅菌 2. GTC溶液(4Mグアニジンチオシアネート、25mMクエン酸ナトリウム、 0.5%N-ラウロイルサルコシンナトリウム、0.1M2-メルカプトエタノー ル):滅菌水にて調製、冷蔵保存、メルカプトエタノールは使用前に添 加する。 3. 2M酢酸ナトリウム(pH4.0):オートクレーブ滅菌 4. 水飽和フェノール:100gフェノール(核酸抽出用)を65℃で融解し、 0.1gの8-キノリノールを添加後、100mlの滅菌水を加えよく振とうする。 二層に分かれた後、上層をアスピレーターで除く。滅菌水処理は3回行う。 5. クロロホルム:イソアミルアルコール混液(49:1) 6. 75%エタノール 操作の実際 1. 組織をポリトロン型ホモジナイザーを用い10倍量のGTC溶液でホモジ ナイズする。このホモジネート中でRNAは長期間安定である(冷凍保存)。 2. ホモジネート3mlを滅菌した遠心チューブ(10ml容量)に移し、0.3ml の酢酸ナトリウム、3mlの水飽和フェノールと0.6mlのクロロホルム: イソアミルアルコール混液を加え激しく攪拌後(1分間)、15分間氷冷 する。4℃で12000回転、20分間遠心。 3. 上清を他の遠心チューブに移し、倍量以上のイソプロパノールを加 える(約4ml)。冷凍庫(−20℃)に一夜放置(あるいは−80℃に1時間)。 4. 4℃で12000回転、20分間遠心。上清は捨て、沈殿をGTC溶液0.6mlに 懸濁し、1.5mlエッペンドルフチューブに移す。0.7〜0.8mlのイソプ ロパノールを加え、冷凍庫(40℃)に一夜放置(あるいは−80℃に1時間)。 5. 4℃で12000回転、20分間遠心。沈殿を75%エタノールで3回洗浄。 真空ポンプを用い乾燥後、0.6mlの滅菌水に溶解する。溶けにくい時 は65℃に加温しつつ、激しく攪拌し完全に溶かす。一部を適当に (50〜100倍)希釈し、260nmでODを測定する。OD=1はRNA40μg/mlに相 当する。ODの260nm/80nmの比が1.7〜2.0であることを確認する。 RNA溶液は−80℃に保存し、なるべく速やかに分析に供する。 2) RNAの電気泳動 【試薬】 1. x20 MOPS緩衝液(0.4M MOPS、0.1M酢酸ナトリウム、0.02M EDTA、 pH7.0):2M KOHでpH調製、オートクレーブ滅菌 2. RNAローディング緩衝液:1.6mlホルムアルデヒド、5mlホルムア ミド(脱イオン、ヌクレアーゼフリー)、0.5ml x20 OMOPS緩衝液、 および1.6mlグリセリン色素液(前述)を混合する。冷凍保存。 3. 泳動緩衝液:x20 MOPSを滅菌水にて20倍希釈し、100ml当たり5μl のエチジュームブロマイド(10mg/ml、前述)を加える。 操作 1. ゲルの調製:1.4gアガロース(Sigma TypeII)に108mlの滅菌水と 6mlのx20 MOPS緩衝液を加え、電子レンジでアガロースを溶かす。 6mlのホルムアルデヒドを添加し、よくまぜ、型に入れてゲルを調製 する。これは3枚分のゲルに相当する。 2. 10〜50μg RNAを泳動する。必要量のRNA溶液を1.5mlチューブにサン プリングしエタノール沈殿させる。RNAを脱塩、乾燥後5μ1の滅菌水 に溶かす(激しく攪拌、必要であれば65℃加温)。 3. 16μlのRNAローディング緩衝液を加え撹押後、65℃で10分間加温後、 5分間氷冷する。 4.20μlをスロットに入れ電気泳動(50Vで約2時間、ゲルの3/4のところ までブロムフェノールブルーが到達すれぱ泳動を停止する)。 3) RNAのナイロンメンブランヘの転写 【試薬】 1. x20 SSC(3M塩化ナトリウム, 0.3Mクエン酸ナトリウム):オート クレーブ滅菌 2.50mM水酸化ナトリウム:オートクレーブ滅菌した1M水酸化ナトリ ウムを滅菌水で希釈して調製。 3. 0.1Mトリス塩酸緩衝液(pH7.5):オートクレーブ滅菌した1Mトリ ス塩酸緩衝液(pH7.5)を滅菌水で希釈して調製。 4. 濾紙:ワットマン3MM 5. ナイロンメンブラン:アマーシャム Hybond N+ 操作 1. 泳動の終わったゲルを水洗し、50mM 水酸化ナトリウムにひたし、 30分放置。 2. ゲルを次いで0.1Mトリス塩酸緩衝液にひたす。45分放置。 3. ゲルをx20 SSCにひたし、1時間放置。 4. ゲルをx20 SSCを満たしたブロティング台に移す(別図参照)。 5. サランラップでゲルの周囲をおおい、ゲルの大きさにカットしたナ イロンメンブランをゲルの上に載せる。 6. メンブランの上にゲルの大きさにカットした濾紙(x2 SSCで湿らせて おく)をのせる。 7. その上に、やはり切りそろえたペーパータオルを十分量のせる。 この上に適当な板をのせ、おもしとしてカタログ等をおく(図1参照)。 一夜放置。 8. ペーパータオル、濾紙を除く。オリジンの位置をペンでマークして おく。メンブランをx2 SSC中で10分間振とうし洗う。濾紙上でよく 乾燥(1時間)。 9. サランラップでメンブランを包みトランスイルミネータでUV処理 (5分間)することにより、RNAをメンブランに固定(RNAが転写された 面をUV照射すること)。 10. UV照射により、リボゾームRNAのバンドをみることができるので、 位置を鉛筆でマークしておく。 4) ハイブリダイゼーション 【試薬】 1. DNAラベリングキット(Takara Random DNALabelling Kit Ver.2.0) 2. 10% SDS:加温した滅菌水を用い調製。調製後65℃で1時間処理す る。滅菌不可。 3. DNA溶液(10mg/ml):サケ精子製、オートクレーブ滅菌。冷凍保存。 4. x50 Dehardt's溶液:1gフィコール400(ファルマシア17-0400-01)、 1gポリピニルピロリドン(PVP-360、シグマ9003-39-8)、1g牛血清ア ルブミンフラクションV(シグマA-2153)を100ml滅菌水にとかし、 濾過滅菌。冷凍保存。 5. ハイブリダイゼーション溶液(x5 SSC、x5 Dehardt's溶液、1% SDS、 0.5mg/ml DNA、50%ホルムアミド) 以下のように混合する。 x20 SSC 25ml x50 Dehardt's溶液 10ml DNA溶液 5ml 10% SDS 10ml ホルムムアミド 50ml ●DNA溶液は添加前に95℃、5分、氷冷5分の条件で変性させておく。 1. x2 SSC、0.1% SDS 2. x0.2 SSC、0.1% SDS 操作 回転ボトルの装置を用いた例を述べる。 1. RNAを固定したナイロンメンブランをハイブリダイゼーションボト ルに入れ、10mlのハイブリダイゼーション溶液を入れる。 ボトルを回転させ、42℃でプレハイブリダイゼーションを行う。 2. cDNAの32p-dCTPによるラベリングはキットのマニュアルに従って行う。 50-100ng cDNAをラベリングに用いている。エタノール沈殿により精製 し、TE緩衝液に溶かしておく。 3. 5時間以上プレハイブリダイゼーションを行い、ラベルしたプローブ をボトル中に添加する(0.05〜0.1ml)。ラベルは106dpm/ml以上の濃度 になるようにする。プローブを添加前に変性させておくことを忘れな いこと(95℃、5分−氷冷5分)。 4. 一夜、ハイブリダイゼーションを行う(42℃でボトルを回転させる)。 5. ハイブリダイゼーション液を捨て、x2 SSC、0.1% SDS (30ml)で室温 2回洗浄する(各15分間)。 6. ついでx0.2 SSC、0.1% SDSを用い65℃で2回洗浄する(各15分間)。 7. 洗浄の終わった、メンブランはレントゲンフィルムによる露光、イ メージアナライザーなどで分析を行う。 参考文献 1) PCR法最前線、タンパク質核酸酵素 41, no.5、共立出版、 東京 (1996) 2) 遺伝子発現実験マニュアル(石田功、安藤民衛編)講談社サイエンテ ィフィツク、東京 (1994) (井手隆)
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