ARGTは,annual ryegrass (Lolium rigidum;一年生ライグラス) の種子で繁殖する細菌Rathayibacter toxicus(以前はClavibacter toxicus)が産生するコリネトキシンと呼ばれる毒素による中毒であり,1950年代の中頃南オーストラリア州で最初の発生が報告され,その後西オーストラリア州でも発生が見られるようになった(McIntosh et al., 1967; Berry and Wise, 1975).
1996年に山形県で問題となったオーツヘイにはannual ryegrassが大量に混入しており,本中毒は混入annual ryegrassによるARGTと判明した.オーツヘイの生産地である西オーストラリア州では,1969年に最初の発生が報告され,以後1992年までに200,000頭の羊と600頭の牛がARGTで死亡したと見積もられている.その他,ヤギ,ウマ及びブタでの中毒も報告されている(Brown et al., 1989; Riley, 1992 ) .
コリネトキシンは,R. toxicusが産生する毒素であるが(Riley and Ophel, 1992),この菌は土壌線虫Anguina funestaによって媒介される(Stynes et al., 1979; Stynes and Wise,, 1980; Stynes and Bird, 1983; Brown et al., 1989).
A. funestaの発育環は以下のとおりである.Annual ryegrassの種子が発芽して2,3枚の葉が出るころ,土壌中の虫えい(gall)からA. funestaの幼虫が這い出してくる.幼虫は0.75mm位の大きさで,ウナギのような形をしている.適度な湿り気が植物を覆っていると,ここを幼虫が“泳いで”成長点まで到達する.
Embryo flowerが成長点で発育し始めると,幼虫は成長点のdeveloping ovaryを食べるようになり,種子となるべきところに虫えいを作らせる.虫えいの中で幼虫は成熟・交尾して産卵する.卵からは次世代の幼虫が生まれるが,これは虫えいが地面にこぼれるまでこの中に留まっている.虫えいの中には平均1500匹の幼虫がいる.
線虫が寄生しているだけではannual ryegrassは有毒ではない.毒素は,線虫によって媒介される細菌R. toxicus によって作られる.線虫に付いて成長点に運ばれた菌はannual ryegrassの穂で増殖し,黄色のslimeとして姿が見えるようになる.これが,annual ryegrassが有毒になる最初の兆候である.
菌は虫えいの中でも増殖して線虫を殺し,虫えいは黄色の菌体でいっぱいになる.このようなbacterial gallsはコリネトキシンを多量に含んでいる.菌のslimeが現れてから3〜6週間後には,annual ryegrassは家畜を殺すほどの毒物を持つようになる.
有毒なannual ryegrassを摂取してから発症するまでの期間は,annual ryegrassの汚染の程度によるが,早いものでは4日目ぐらいから症状を示すようになる(Berry and Wise, 1975; Brown et al., 1989).
初めは一時的な起立不能を示すが,発作から回復すると正常のように見える.症状が進むと,虚脱あるいは痙攣発作を起こすようになり,発作から回復して立ち上がっても,歩様はふらついている.さらに症状が進むと,倒れた牛は後弓反張や遊泳運動(写真)を示すようになる.はじめは発作の間隔も長いが次第に短くなり,発作を繰り返しながら死に至る.
牛を発症させるには,経口では4mg/kg体重のコリネトキシンが必要と言われている.1つのbacterial gall には約7 μgのコリネトキシンが含まれているから,約600個のgall/kg体重を摂取する必要がある.また,後述のようにコリネトキシンは組織に残留するので,かなりの期間を置いた反復投与でも蓄積効果が出る.すなわち,25μg/kg体重のコリネトキシン皮下投与では羊は死亡しなかったが,9週間後に同一量を再投与したところ,動物は全て死亡した(Jago and Culvenor, 1987).
病理解剖所見としては,肝の腫脹,淡黄褐色化,肺の充血が観察され,一部の動物では心内・外膜の出血も見られる.また,髄膜血管は充血し,脳がわずかに浮腫状を呈することもある.その他の臓器には特に異常は観察されない.組織観察では,肝の広範な脂肪変性や水腫変性及び多形核炎症細胞の集簇,肺の充血などが見られる.脳では,充血や小さな出血巣,軸索の腫大や神経網(neuropile)の空胞化も見られるが,いずれも軽度な変化である(Berry et al.,1980a; 1980b).
血液生化学検査では,AST及びCK活性の上昇とGGT活性のわずかな上昇が見られる.
コリネトキシンはツニカマイシンに類似した物質で,図のような化学構造を持つ(Vogel et al., 1981; Frahn et al., 1984).すなわち,ウラシル,ツニカミンと呼ばれる11炭糖,N-アセチルグルコサミンからなる共通骨格に,Rで示した脂肪酸がアミド結合した物質である.ツニカマイシンは,糖の組み合わせがβ-ガラクトサミンとα-ガラクトサミンで,炭素鎖13から17の脂肪酸が結合した物質の総称であり,コリネトキシンは,α-ガラクトサミンとβ-グルコサミンの組み合わせに,炭素鎖15から19の脂肪酸が結合した物質の総称である.ツニカマイシン,コリネトキシン及び類似の化合物を,tunicaminyluracils と総称することもある.
ツニカマイシンは,ニューカッスルウイルスに対する抗ウイルス作用をマーカーとして発見された抗生物質で,ウイルス外被の生合成を阻害する.その後の研究から,ツニカマイシンの作用は複合糖質生成阻害によるものであることが明らかになった.糖蛋白質糖鎖のうちN-グリコシド糖鎖合成は,種々の糖ヌクレオチドからドリコールリン酸単糖を合成することによって開始するが,ツニカマイシンはドリコールリン酸とUDP-N-アセチルグルコサミンから,ドリコールピロリン酸 N-アセチルグルコサミンが形成する過程を阻害する.これは,ツニカマイシンが立体的にN-アセチルグルコサミンと類似した構造を持つため,上記の反応を触媒する酵素(UDP-GlcNAc : dolichol-P GlcNAc-1-P transferase)と結合し,酵素活性を阻害するためである(Heifetz et al., 1979; 田村,高月,1980).コリネトキシンも,ツニカマイシンと同様上記トランスフェラーゼ活性を阻害する(Jago et al., 1983a, 1983b) .
Tunicaminyluracilsの糖蛋白質合成阻害作用と神経症状との関連については,フィブロネクチンの合成が阻害されて血管の透過性が亢進し,血液脳関門が破壊されると言う仮説が提起されているが(Jago et al., 1983a),詳細は未だ明らかではない.
なお,本トキシンは水溶性の高い物質であるが,膜に局在するUDP-GlcNAc : dolichol-P GlcNAc-1-P transferaseに親和性が高いことから,組織への残留性は高いと言われる(Stuart et al., 1992).しかし,tunicaminyluracilsの体内動態や残留に関する研究は,中毒量のツニカマイシンを投与した牛の肉を豚に給与し,豚に異常がなかったとする報告があるのみで(Bourke and Carrigan, 1993),オーストラリアでもほとんどなされていない.
本中毒予防のためには,牧野からのannual ryegrassの除去と有毒annual ryegrassの摘発が重要である(Brown et al., 1989; Riley, 1992 ).
C. toxicus感染の最初の兆候はannual ryegrass seedheadの黄色のslimeであり,数メートル離れていても認められるほどはっきりしているが,乾燥するとオレンジから褐色になりだんだん見分けにくくなる.
Annual ryegrassが成熟すると,種子の虫えいから有毒か否か分かるようになる.正常な種子は先端が丸く,種子の生育の程度に応じて緑,紫あるいは淡黄色である.線虫に感染した種子(虫えい;namatode galls)は正常なものより短く(小さく),黒色の虫えいが見られる.一方,菌が繁殖した有毒な虫えい(bacterial galls)は黄色である.透過光で観察すると,この違いは明瞭であるが,乾燥したものは分別し難くなる(種子の写真).
西オーストラリア州では,開花前のannual ryegrassからのELISAによる菌体抗原の検出と,成熟annual ryegrassからのnematode gallsあるいはbacterial gallsの検出サービスが実施されている.
一方,牧野からのannual ryegrass除去には,牧野の焼き払いや各種の除草剤の使用等が薦められている.
また採草地では,annual ryegrassが成熟して有毒になる前に,本来の牧草を刈り取るよう指導している.ちなみに,今回問題となったオーツヘイは熟したオーツ(実)を多量に含んでおり,何らかの原因で刈り取り時期が遅れたものと思われる.
ARGTを疑う中毒が発生した場合の診断においても,牧野での有毒annual ryegrassの摘発法が応用できる.まず乾牧草中の混入雑草を分別し,Lolium属の混入およびbacterial gallsの有無を検査する.ELISAキットによるR. toxicus菌体の検出も有効であるが,キットは市販されていない(西オーストラリア州政府からの分与は可能).HPLCによるコリネトキシンの検出も,操作自体はさほど煩雑ではないが(Cockrum and Edgar, 1983, 1985),標準品は市販されておらず,何らかの方法で入手する必要がある.
本症の治療には,まず飼料を無毒なものに切り替えるのは言うまでもない.しかし,前述のように本トキシンには組織残留性があるため,飼料を切り替えてから1週間以上経過して死亡することもあるという.
薬物療法としては,ベンゾジアゼピン系鎮静剤(薬品名:塩酸クロルジアセポキシド;商品名:Librium)の使用が薦められている(Brown et al., 1989).
また,CSIROではワクチンと拮抗剤を開発中ということであるが,詳細は不明である.
1996年3月に,山形県庄内家畜保健衛生所管内の5戸の農家で,牛及び羊が特有の神経症状を呈する疾病が発生した.発症した動物のうち5頭が死亡し,他の4頭を予後不良で鑑定殺した.死亡及び鑑定殺材料に対する病理・病原体・生化学検査の結果,及びこれらの農家ではともにオーストラリアから輸入したオーツヘイを給与していたことから,オーツヘイによる中毒が疑われた.
マイコトキシン及び残留農薬による中毒の可能性もあることから,国立衛生試験所に汚染真菌の,仙台肥飼料検査所に残留農薬の検査を依頼したが,オーツヘイからは有意な真菌は検出されず,基準値以上の農薬残留も見られなかった.
これらの検査と同時に,当該オーツヘイを用いた再現試験を実施した.試験牛は給与開始2週間後に発症し,野外例と同様の中毒症状を呈した.このことから,輸入オーツヘイが本中毒の原因であることが明らかになった.
さらに,臨床症状,病理,生化学所見から文献検索を行ったところ,オーストラリアで見られるコリネトキシン中毒が浮かび上がってきた.
一方輸入元の全農は,生産地であるオーストラリア(西オーストラリア州)で原因調査を行った.当該オーツヘイを肉眼及びELISAで検査した西オーストラリア州政府の専門家は,本中毒はオーツヘイに混入したannual ryegrassに起因するARGTであると指摘した.
家畜衛生試験場では,CSIROの研究者からARGTの原因物質であるコリネトキシン標準品の提供を受け,Cockrum and Edgar(1985)の方法で混入annual ryegrass中のコリネトキシンの分析を実施したところ,annual ryegrass種子からコリネトキシンが検出された(HPLCクロマトグラム).
以上の結果から,本中毒は輸入オーツヘイに混入していたannual ryegrassに起因するARGTと断定した.
オーストラリアで知られているその他のコリネトキシン中毒には,Flood Plain Staggers (FPS) とStewarts Range Syndrome (SRS) がある.FPSはNew South Wales北部の洪水地域で発生したもので,Agrostis avenacea(ヌカボ)でC. toxicusが繁殖し,コリネトキシンを産生したことによる中毒である(Bourke et al., 1992; Davis et al., 1995).SRSは南オーストラリア州に見られるもので,C. toxicusがPolypogon monspeliensis(ベアードグラス)で繁殖してトキシンを産生する.R. toxicusのA. avenaceaやP. monspeliensis への感染は,おそらく同一の線虫が媒介すると考えられている.いずれにしても,ARGT,FPSおよびSRSはホストとなる草や媒介する線虫が異なるだけで,その原因物質はコリネトキシンであり,類似の中毒症状を示す(Bourke et al., 1992) .
また,コリネトキシンやツニカマイシンとは明らかに異なるtunicaminyluracil化合物による豚の中毒が,オーストラリアで報告されている(Cockrum et al., 1987).雨で濡れて腐敗した小麦を豚に給与したところ,ARGT類似の神経症状を呈して死亡した.この小麦から,UDP-GlcNAc: dolichol-P GlcNAc-1-P transferase活性を阻害し,抗菌作用を有する物質が分離された.化学構造を解析したところ,コリネトキシンやツニカマイシンとは異なるtunicaminyluracil化合物であった.しかし,このtunicaminyluracil化合物を産生した菌は不明であるという.
オーストラリア側は,今回の中毒事故をきっかけに日本向け粗飼料の検査を厳格にし,合格したものには合格証を貼付する方針であるという.この措置で,とりあえず本中毒の発生は防止できるであろう.
しかし,前述のようにtunicaminyluracilsは組織への残留性が高いと考えられており,少量の摂取を繰り返すことにより蓄積効果が出ることが示されている.このことは,中毒症状が出ない程度の毒物を摂取している牛の組織にも毒物が蓄積している可能性があること,そしてそれを摂取し続けた人にも毒物が蓄積する可能性があることを示している.畜産物へのtunicaminyluracilsの残留については充分留意する必要があろう.
もうひとつ危惧されることは,少量であっても土壌線虫A. funestaと細菌R.toxicusが乾草に混入して日本に入って来ているわけで,これによって日本の牧野が汚染するのではないかという点である.この点については,専門家の検討を待ちたいが,門外漢の杞憂にすぎないことを祈りたい.
(1997.6.3 登録,2011.9.30 最終更新)
毒素産生菌の学名が変更になったことに対応.