膜タンパク質輸送能力の統計的逆推定プロトコルの開発

要約

物質の細胞間輸送に関わる膜タンパク質の輸送能力を逆推定するプロトコルを開発する。この「逆推定プロトコル」では、物質の細胞間輸送を模倣する数理モデルのパラメータを、外液の物質濃度など比較的測定しやすいデータで計算機統計的に推定する。

  • キーワード:逆推定、膜タンパク質、計算機統計、数理モデル、パラメータ
  • 担当:農業環境変動研究センター・環境情報基盤研究領域・統計モデル解析ユニット
  • 代表連絡先: niaes_manual@ml.affrc.go.jp
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

物質の輸送に関するモデリング技術は、気候変動影響予測に対応する作物生産性モデルや温暖化緩和技術に対応する作物-土壌モデル、さらには農業生態系における物質循環のモデルの高精度化に欠かせない基盤技術である。
生物体内の物質輸送において、植物では導管を通した水の輸送、動物では血管を通した輸送などのマスフローも重要だが、細胞間を徐々に物質が拡散していく過程も極めて重要な過程である。なぜならば、生物は細胞間輸送中に様々な物質の輸送をコントロールしており、その理解とモデル化を通して、初めて生物における物質輸送のモデリングが精緻化するからである。生物体内の細胞膜を挟んだ領域で物質の輸送が行われる場合、膜タンパク質輸送体(トランスポーター)がいわゆるポンプやフィルタのように働いて物質の輸送を行うが、それらの数理モデル化は非常に難しい。なぜならば、細胞膜に存在する膜タンパク質の生物体内での輸送能力を直接測定する方法がないためである。
本研究では、生物における細胞間物質輸送に関わる膜タンパク質の物質輸送能力を、作物の各器官の物質濃度や導管液濃度など、対象となる系外部のマクロな測定データを用いて、計算機統計的に逆推定するプロトコルを開発する。また、この逆推定プロトコルを作物のミネラルの輸送に関するデータに適用することで、その有効性を検証する。

成果の内容・特徴

  • 今回開発した逆推定プロトコルは、図1の4つのステップで行われる。Step1: 生物体内で細胞間を物質が輸送する動態の数理モデル作成。Step2: 生物体内の各器官の物質濃度など、数理モデルの系外の物質濃度データを測定・入手。Step3: 様々な輸送能力を仮定したパラメータセット数千から数万で、数理モデルをシミュレート。Step4: 系外の物質濃度変化量などの測定データ(Step2で入手)を用いて、数千から数万のシミュレーション結果から、尤もらしいパラメータをリサンプリングする(図1)。このプロトコルを用いることで、膜タンパク質輸送体の輸送能力の逆推定が可能となる。
  • イネの節におけるケイ素の輸送体の働きを模倣する数理モデルに当該プロトコルを適用し有効性を示した。ケイ素は作物の病害虫耐性に重要なミネラルであり、また、輸送に関わる膜タンパク質が複数明らかになっており、プロトコルの検証にふさわしい。モデル内の膜タンパク質の輸送能力に関わるパラメータを、イネの葉や穂に蓄積されるケイ素の量に関するデータを用いて逆推定プロトコルで推定した。現実的なデータを再現することができる数理モデルができ、そのモデルを利用してシミュレーション実験を行うことで、節の導管間領域の障壁構造が、ケイ素の節における輸送に大きく関わっていることが明らかになり、ケイ素輸送の機構解明に寄与した。

成果の活用面・留意点

  • 今回はケイ素輸送体への適用事例だが、この逆推定プロトコルは、適切なデータとともに使用することで、他の物質(リンやカリウムなど)または他の部位 (根や葉) にも応用でき、作物のミネラル輸送・分配機構を明らかにすることに貢献できる。
  • 開発言語はFortranであるが、細胞の配置などはエクセルなどの一般的なアプリケーションを使って構築することができる仕様としており、ある程度の説明によって、多くの研究者が使用可能なものである。

具体的データ

図1 逆推定プロトコルの概略と適用例

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2013?2016年度
  • 研究担当者: 櫻井玄、馬建鋒 (岡山大)、山地直樹 (岡山大)、三谷奈見季 (岡山大)
  • 発表論文等: Yamaji N. et al. (2015) PNAS 112(36):11401-11406