穂ばらみ期の低温による雄性不稔化がイネの交雑率に及ぼす影響

※アーカイブの成果情報は、発表されてから年数が経っており、情報が古くなっております。
同一分野の研究については、なるべく新しい情報を検索ください。

要約

低温に最も感受性の高い小胞子初期に低温に遭遇したイネは、自花の花粉が雄性不稔により減少するために他家受粉しやすくなり、交雑率が大幅に高まる。

  • キーワード:イネ、低温、雄性不稔、空中花粉密度、交雑率
  • 担当:北海道農研・低温耐性研究チーム
  • 代表連絡先:電話011-857-9260、電子メールseika-narch@naro.affrc.go.jp
  • 区分:北海道農業・生物工学
  • 分類:研究・普及

背景・ねらい

イネは自殖性作物ではあるが、冷害年には周囲の耐冷性の強い品種と交雑する確率が高まることが経験的に知られている。しかしながら、低温による雄性不稔化が交雑率を上昇させることを実証するデータは、これまでに得られていない。冷害時の雄性不稔化による品種間交雑率の上昇は、種子の純度維持という点のみならず、将来の遺伝子組換えイネと非組換えイネの共存を図るためにも、その実態を把握する必要がある。そこで本研究では、低温によるイネ花粉の雄性不稔化が交雑率に及ぼす影響を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 供試した品種は、種子親として「はくちょうもち」(モチ)、花粉親として「ほしのゆめ」(ウルチ)である。穂ばらみ期の小胞子初期に12°C4日間処理した種子親と無処理の種子親を設置した場所は、開花盛期に風速1.5ms-1前後の卓越風の吹く圃場の風下であり、花粉親からの距離は1mおよび5mである(図1)。
  • 花粉親由来のウルチ花粉と種子親由来のモチ花粉をダーラム型花粉採集器で採取し、ヨード・ヨードカリ溶液染色により識別して空中花粉密度を調べたところ、花粉親(ウルチ)のピークが8月7~12日、種子親(モチ)の対照区のピークが8月6~9日、同低温処理区のピークが8月7~11日の間にあり、花粉親と種子親との間で花粉密度のピークがほぼ一致している(図2)。
  • 低温処理区の種子親由来の空中花粉密度は、ピーク時において対照区比で約40%にまで低下し、穂ばらみ期の低温処理により種子親の花粉形成が阻害され、花粉数が大きく低下している(図2)。
  • 種子親に稔実した種子について、キセニアの観察とSSRマーカーRM6906により交雑の確認を行ったところ、交雑率は、花粉親からの距離1mの対照区では0.02%であるのに対し、低温処理区では5.55%と278倍も高い。花粉親からの距離5mの対照区では、交雑が全く認められなかったのに対し、低温処理区では2.96%の交雑が認められる(図3)。
  • 個体(穂)別の稔実率と交雑率との間には、花粉親からの距離1mの低温処理区でr=-0.653***(n=96)、同5mの低温処理区でr=-0.462**(n=98)と有意な負の相関関係が認められ(図3)、低温による雄性不稔化で稔実率が低下したイネでは交雑率が高まる。

成果の活用面・留意点

  • 農林水産省の「第1種使用規程承認組換え作物栽培実験指針」において、出穂前に低温に遭遇した場合の交雑防止措置の実施あるいは試験中止の判断基準設定のための科学的知見として活用できる。
  • 冷害年の採種圃場における品種・系統の純度維持のための隔離距離設定のための科学的知見として活用できる。

具体的データ

図1 試験区の配置

図2 花粉密度の推移

図3 低温処理区における個体(穂)別の稔実率と交雑率との関係

その他

  • 研究課題名:作物の低温耐性等を高める代謝物質の機能解明とDNAマーカーを利用した育種素材の開発
  • 中課題整理番号:221e
  • 予算区分:委託プロ(安全性確保)
  • 研究期間:2007年度
  • 研究担当者:佐藤 裕
  • 発表論文等:佐藤、横谷(2008)育種学研究、10(4):127-134