イネの穂ばらみ期耐冷性を向上させるF-boxタンパク質遺伝子

要約

穂ばらみ期耐冷性遺伝子座Ctb1は第4染色体の約17 kbの領域に座乗し、この領域に存在するF-boxタンパク質遺伝子は穂ばらみ期耐冷性遺伝子である。F-boxタンパク質は細胞内で不要になったタンパク質の分解に関わる。

  • キーワード:イネ、穂ばらみ期耐冷性、水稲中間母本農8号、F-boxタンパク質遺伝子
  • 担当:北海道農研・低温耐性研究チーム
  • 代表連絡先:電話011-857-9260、電子メールseika-narch@naro.affrc.go.jp
  • 区分:北海道農業・生物工学
  • 分類:研究・普及

背景・ねらい

 イネは穂ばらみ期の低温によって不稔を発生するが、不稔が発生する程度(穂ばらみ期耐冷性)は品種によって異なり、穂ばらみ期耐冷性に関わる遺伝子が存在すると考えられている。しかし、これまで、穂ばらみ期耐冷性に関わる遺伝子は同定されていない。北海道農研が育成した「水稲中間母本農8号(中母農8号)」は、スマトラ島高地原産の熱帯ジャポニカ品種「Silewah」に由来する染色体断片を第4染色体の長腕に持ち、この染色体領域に穂ばらみ期耐冷性遺伝子座Ctb1が存在することがわかっている。そこで、この耐冷性遺伝子座を精密にマッピングし、耐冷性遺伝子を同定する。

成果の内容・特徴

  • 「中母農8号」の穂ばらみ期耐冷性遺伝子座Ctb1は第4染色体長腕のDNAマーカーPNK7とPNK10の間の約17 kbの領域に座乗している。この領域には、細胞内で不要になったタンパク質の分解に関わるF-boxタンパク質遺伝子とタンパク質リン酸化酵素遺伝子が存在する(図1)。
  • F-boxタンパク質遺伝子とタンパク質リン酸化酵素遺伝子を遺伝子導入した系統について冷水深水処理による耐冷性検定を行うと、F-boxタンパク質遺伝子導入系統は対照系統に比べて高い耐冷性を示すが、タンパク質リン酸化酵素遺伝子導入系統では対照系統との耐冷性の違いは認められない(図2)。
  • 穂ばらみ期に12°Cで4日間処理することにより遺伝子導入系統の耐冷性検定を行うと、F-boxタンパク質遺伝子導入系統は対照系統よりも高い耐冷性を示すが、タンパク質リン酸化酵素遺伝子導入系統では対照系統との耐冷性の違いは認められない(図3)。

成果の活用面・留意点

  • F-boxタンパク質が穂ばらみ期耐冷性に関与することを世界で初めて明らかにしたことにより、穂ばらみ期耐冷性獲得機構の分子レベルでの研究が進展する。
  • 穂ばらみ期耐冷性遺伝子極近傍のDNAマーカーの情報は発表論文に掲載されており、耐冷性育種に活用できる。
  • 同定した穂ばらみ期耐冷性遺伝子は、遺伝子組換え技術による耐冷性イネの開発研究に活用できる。

 具体的データ

図1. 穂ばらみ期耐冷性遺伝子座Ctb1のマッピングと候補遺伝子 低温処理は幼穂形成期から出穂完了まで19°C、25 cmの冷水深水処理により行った。黒は「Silewah」由来染色体領域。灰色はこの領域内で組換えが起こっていることを示す。準同質遺伝子系統の反復親は「きらら397」。FB、PKはそれぞれF-boxタンパク質遺伝子、タンパク質リン酸化酵素遺伝子を示す。

図2. 遺伝子導入系統(T2)の冷水深水処理による耐冷性検定 低温処理は幼穂形成期から出穂完了まで19°C、25 cmの冷水深水処理により行った。FB1-5(+)、PK1-2(+)はそれぞれF-boxタンパク質遺伝子導入系統、タンパク質リン酸化酵素遺伝子導入系統を、(-)は各系統のT1世代で分離した非組換え対照系統を示す。原品種は「中母農8号」の反復親である「北海241号」。エラーバーは標準偏差。

図3. 遺伝子導入系統(T3)の短期冷温処理による耐冷性検定 低温処理は葉耳間長が約-5 cmに達した時から4日間、12°Cで行った。低温処理終了から出穂に要した日数により低温処理時の花粉の発育ステージを揃えた。原品種は「北海241号」。*、**は、それぞれ1%、0.01%水準で対照系統と有意差有り。

その他

  • 研究課題名:作物の低温耐性等を高める代謝物質の機能解明とDNAマーカーを利用した育種素材の開発
  • 中課題整理番号:221e
  • 予算区分:委託プロ(グリーンテクノ)、基盤
  • 研究期間:2005?2009年度
  • 研究担当者:斎藤浩二、黒木慎、佐藤裕
  • 発表論文等:Saito, K. et al. (2010) Plant Sci. 179:97-102