マウスゲノムに潜むレトロウイルス遺伝子の構造と機能

要約

動物のゲノムDNAにはレトロウイルス遺伝子が数千コピー見つかる。マウスゲノムに存在するあるレトロウイルス遺伝子は自分に似たウイルス遺伝子がウイルス粒子を作らないように調節していることが解った。

  • キーワード:感染防御,レトロウイルス,ウイルス干渉
  • 担当:動衛研・感染病研究部・複合感染病研究室
  • 連絡先:0298-38-7763
  • 区分:動物衛生
  • 分類:科学・参考

背景・ねらい

マウスの染色体にはレトロウイルスの一種であるマウス白血病ウイルス(MuLV)のコピーが多数存在し,内在性MuLVと呼ばれている。南アジア の野生マウスはCas-E型内在性MuLV遺伝子を多数持っているにもかかわらず感染性ウイルスが殆ど回収されなかった。この内在性ウイルスの中には ,ウイルス外被(ENV)糖蛋白を細胞に発現して宿主をウイルス抵抗性に導くFv-4r遺伝子も含まれている。そのウイルス抵抗性のメカニズムを知る上でもこの型のウイルス遺伝子を明らかにする必要があった。

成果の内容・特徴

  • インドネシアで捕れた野生マウスはCas-E型内在性MuLV遺伝子を6コピー持っていたが,感染性ウイルスは採れなかった。そこでこの野生マウスと他の近交系マウスとを交配して単一の内在性MuLVを持つマウスを作ると ,比較的簡単にウイルスが回収されるようになった。しかし,それらの内在性MuLV遺伝子の他にさらにFv-4r内在性MuLVを持つマウスからはウイルスが回収されなかった。従って ,元々の野生マウスでは内在性MuLVの3/6がウイルス産生能のある遺伝子であるにも拘らず,Fv-4r遺伝子があるためにその増殖が抑えられているのであろうと考えられる。
  • Cas-E型内在性MuLV遺伝子を分子クローニングして構造を解析した。ウイルスのENV遺伝子領域はお互いに近縁であったが,ウイルスの遺伝子発現調節領域LTRは異種指向性MuLVのLTRに非常に似ていた(図1)。このことから ,Cas-E型MuLVの起源は恐らく数10万年前それまで広くマウスに分布していた異種指向性MuLVのLTRと同種指向性ENV遺伝子(由来は不明)との組換えウイルスだろうと推察している。壊れた 構造の内在性ウイルス構造も少なくなかった(図2)。
  • 回収されたウイルス(Frg3,Frg4,Frg6)は従来のウイルス測定法では定量が困難で,一般的なウイルス学的解析ができなかったが,ウイルス干渉法による解析で同種指向性群のウイルスであることが判った。既知の同種指向性群ウイルスはAKV型であるが ,Cas-E型とは抗原性で区別できた。Fv-4rENV抗原を発現している細胞を免疫して得られたポリクローナル抗体もモノクローナル抗体も ,ウイルスENV蛋白C末側半分の抗原を認識し(図3),ここは比較的アミノ酸変異の少ない領域であるにもかかわらず強い抗原性を有していることを示していた。これらの抗体はAKV型同種指向性群ウイルスは認識せず ,Cas-E型同種指向性群ウイルスの全てまたは一部を認識した(表1)。

成果の活用面・留意点

  • レトロウイルス遺伝子がレトロウイルスの増殖を抑制できるというこの例は,マウスに限らず家畜やヒトのレトロウイルス疾患にも適用できるのではと期待している。
  • Fv-4rのENV遺伝子を挿入したウイルスベクターを作り,レトロウイルス性マウス白血病を防ぐことに成功した(Kitagawa et al. 1999)。

具体的データ

図1. Cas-E型マウス白血病ウイルス遺伝子の分子系統樹

 

図2. クローニングされた内在性MuLVの構造。6つのウイルス遺伝子のうち2つは壊れた形をしている

 

図3. キメラウイルス遺伝子を用いた抗Cas-E型MuLV抗体が認識する抗原決定基のマッピング

 

表1 ウイルス感染細胞表面に発現されたウイルス外被糖蛋白の抗原性の解析

 

その他

  • 研究課題名:ウイルスの受容体結合蛋白の解析
  • 予算区分:科研費
  • 研究期間:1999~2001年度
  • 研究担当者:池田秀利,木谷 裕,鈴木孝子,松原 豊
  • 発表論文等:1) Kitagawa et al. (1999) Exp. Hematol. 27:234-241.
                      2) Ikeda et al. (2000) J. Virol. 74:1815-1826.
                      3) Ikeda et al. (2001) J. Virol. 75:5049-5058.