プレスリリース
新しい機能を持った蛋白質の発見や生理メカニズムの解明に応用できるポストゲノム研究の中核技術の開発

- 蛋白質の"橋掛け"構造を検出できる「ジスルフィドプロテオーム」 -

情報公開日:2002年9月 3日 (火曜日)

要約

中央農業総合研究センターは、ポストゲノム研究の重要な解析手段となる新しいプロテオーム法を開発し、「ジスルフィドプロテオーム」法と命名した。イネ、ヒトに代表されるゲノム情報を医薬・農・工業等の産業に利用するには、ポストゲノム研究として遺伝子の役割を蛋白質レベルで明らかにするプロテオーム研究が重要である。 新しく開発した「ジスルフィドプロテオーム法」は蛋白質の代表的な翻訳後修飾の一つであるジスルフィド結合(蛋白質分子間・分子内の橋掛け構造: S-S結合)の架橋および切断で調節される蛋白質だけを、特異的に蛍光標識して可視的に識別できる独創的な手法である。未知の生理機能をもった蛋白質の発見や新しい生理機能調節のしくみの解明に活用できる。米カリフォルニア大学との共同研究。

背景とねらい

イネ、ヒトに代表されるゲノム情報研究により、遺伝子の全構造が明らかになろうとしています。遺伝子は蛋白質に翻訳された状態ではじめて機能するため、ポストゲノム研究では個々の遺伝子がどのような蛋白質を形成し、どう機能するかを調べることにより未知の生理メカニズムを解明し産業に応用することが重要な研究課題となります。プロテオームは多くの蛋白質の役割を総合的に調べて、それらがどのように生理現象を形成するかを解明する研究であり、ポストゲノム研究の中核に位置付けられています。 蛋白質が機能する際には、蛋白質分子同士または一つの蛋白質内で架橋(ジスルフィド結合:S-S結合)がかかったり外れたりすることで活性が調節されている場合があり、この“橋掛け”構造が生理機能の発現に重要な役割をもつことが最近明らかになってきました。こうした調節機構は従来のプロテオーム手法では解明することができませんでした。そこで、ジスルフィド結合の架橋/切断状態を解析できる新しいプロテオーム法の開発が求められていました。

成果の内容・特徴

「ジスルフィドプロテオーム」法の開発

蛋白質の遊離のSH基を蛍光物質(モノブロモバイメイン)で特異的にラベリングすることにより、ジスルフィド結合の酸化還元で調節される蛋白質のみを蛍光標識し、二次元電気泳動で分離した際に、蛍光スポットとして可視的に識別できる「ジスルフィドプロテオーム」法を開発しました。

「ジスルフィドプロテオーム」法の活用事例

  • 酸化還元酵素チオレドキシンは生物に広く存在し、ジスルフィド結合の酸化還元を調節することにより、多くの重要な生理メカニズムを支配すると考えられています。開発した新手法を活用することで、本酵素により活性調節を受ける新規の蛋白質を同定することに成功しました。
  • このうち一つは種子の成熟・乾燥時に発現され、乾燥から種子を守る新しい機能蛋白質でした。
  • 穀物の貯蔵蛋白質の多くはジスルフィド結合で架橋され、凝縮した状態で種子に貯蔵されています。この貯蔵蛋白質の発芽時における巧妙な分解メカニズムを解明し、これが貯蔵器官であるプロテインボディからの効率的な動化を可能にしていることを明らかにしました(補足説明図)。

以上のように、「ジスルフィドプロテオーム」法は未知の機能蛋白質の発見や新しい生理メカニズムの解明に応用することができます。

今後の展開

イネ、ヒト等のゲノム情報を産業に応用するには、新しい機能蛋白質の発見や生理メカニズムの解明が今後の重要な研究課題です。この解明に不可欠な中核技術として「ジスルフィドプロテオーム」を利用し、ポストゲノム研究を加速する手段とします。中央農業総合研究センターでは、ジスルフィド結合の酸化還元によって調節されるイネ遺伝子群の網羅的な解析を行うことで、植物の発芽、物質生産、ストレス耐性など重要な植物生理に関わる新規機能蛋白質の発見やそれらの生理メカニズムの解明を行い、得られた成果を有用品種の開発に応用する予定です。

特記事項

この研究成果は、独国の著名な国際誌「プロテオミクス」9月2日号に掲載されます。

補足説明

[プロテオーム]
Protein + Genomeの合成語。一つのゲノムまたは特定の細胞・組織・器官の中で翻訳生産される全ての蛋白質をさす。 プロテオーム研究は、遺伝子が翻訳されて発現した全ての蛋白質を解析し生理メカニズムを解明するための研究であり、イネ、ヒト等のゲノム研究により得られた遺伝子情報を産業に応用するための重要なポストゲノム研究の一つとして位置付けられている。

[ジスルフィド結合(S-S結合)]
異なる蛋白質同士や、一つの蛋白質の分子内で形成される架橋であり、システイン残基のSH基2分子が共有結合によりS-Sを形成する。遺伝子は蛋白質に翻訳された後、リン酸化、ジスルフィド形成、糖の付加等の修飾をうけてはじめて機能することが多い。蛋白質のリン酸化/脱リン酸化、ジスルフィド結合の酸化/還元反応は動植物を問わず重要な生理機構のコントロールに寄与することが最近明らかになりつつある(下図参照)。

図 ジスルフィド結合

[チオレドキシン]
動物、植物、微生物など広く生物に存在し、ジスルフィド結合の酸化還元反応を支配する酵素。植物では光合成、種子の発芽、受精等、動物では細胞分裂、DNA転写調節、免疫応答、胚発生、ラジカル消去等、重要な生理メカニズムを制御すると考えられている。