プレスリリース
ユリの強い香りを抑える方法を開発-香りを抑えて需要拡大-

情報公開日:2009年6月24日 (水曜日)

ポイント

  • 開花前のユリ切り花を香り抑制剤に生けるだけで香りを抑えます。
  • 香りを抑えるだけで、花や葉をいためることはありません。
  • 香り抑制効果は、開花中続きます。 

概要

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)【理事長 堀江 武】は開花前のユリの切り花に薬液を吸わせるだけで香りを抑える方法を開発しました。「カサブランカ」に代表されるオリエンタル系のユリは、豪華な大輪の花を咲かせますが、濃厚な強い香りがあり、切り花として消費者から敬遠される場合があります。そこで、香り抑制剤(特願2008-300353)を考案し、開花前に処理する方法を開発しました。処理により香りの量は軽減され、その効果は開花中続きます。香りを抑えることにより、ユリの需要拡大が期待できます。


詳細情報

新技術開発の社会的背景と研究の経緯

香りは花きの重要な品質の一つであり、香りの有無は消費者の購買意欲に多大な影響をもたらしています。

オリエンタル系のユリの代表品種である「カサブランカ」(図1)は、豪華で美しい大輪の花が特徴ですが、甘く濃厚な芳香を持つために、強い香りを嫌う場、例えば飲食店や結婚式など食事の場では敬遠されています。また一般家庭では、閉め切った狭い室内に「カサブランカ」が一輪でもあると、香りでむせるようになることから、不快臭として嫌われる場合があります。

花の需要が伸び悩む中、ユリの産地では、花の形や大きさなどはそのままで、香りだけを抑える方法が切望されています。品種改良によって香らない品種も作られていますが、オリエンタル系のユリの豪華さを持つ品種はほとんどありません。

そこで、外観には影響せず花の香りを抑えることが出来る「香り抑制剤」とその処理方法を開発しました。

研究の内容

「香りを抑える原理」
花の香りは、香りの素となる物質からいくつもの段階を経て作られています。それらの段階の一つ一つには酵素が関わっています。その酵素の働きを抑える薬剤を花に与えると、香り成分が生成されないので、花の香りを抑えることができます(図2)。

花の香り成分は主に、生成経路の異なる芳香族化合物テルペノイドなどに分けられます。それら経路のいくつかの段階については、酵素の働きを阻害する薬剤が分かっています。その中から、芳香族化合物の生成を抑えるフェニルアラニンアンモニアリアーゼ阻害剤の効果を検討したところ、テルペノイドの生成も抑えることが明らかになりました。ユリの香り成分の大部分は、芳香族化合物とテルペノイドで構成されていますので、この薬剤の水溶液(香り抑制剤)で処理することにより香り成分量を全体的に抑えることができます。
 

「処理の方法」
ユリの切り花(つぼみ)を0.1mMのフェニルアラニンアンモニアリアーゼ阻害剤水溶液に生けるだけで香りの抑制効果が得られます。1日後に開いた花からは香りがほとんど感じられず、香り成分量は水に生けた花の8分の1程度となっていました(図3)。花が開いてしまうと香り生成が始まってしまい、香り抑制効果が低くなりますので、つぼみのうちに処理をするのがポイントです。処理時間が長いほど香り抑制効果は確実です。この濃度では、花や葉には影響がありませんが、濃度によっては花や葉が傷む場合があるので、注意が必要です。

この処理の方法を元に「花の香りの抑制剤」の特許出願を行っています(特願2008-300353)。

今後の予定・期待

「ユリの香り抑制によって期待される効果」
「カサブランカ」に代表されるオリエンタル系のユリは、豪華で美しい大輪の花が特徴です。香りが強いため、結婚式場やレストランなど、食事を伴う華やかな場での使用が控えられてきました。ユリの香りを抑制することによって、こうした華やかな場所での需要の拡大が期待されます。また、同じ「カサブランカ」で、ユリの香りに対する消費者の嗜好に合わせて、処理の有無によって「濃厚に香るタイプ」と「微香タイプ」を容易に調整することができるので、消費者の選択肢が増え、一般需要の拡大も期待されます。

「花き産業への貢献」
切り花類の中で、ユリはキク・バラに継いで産出額の高い品目です。この方法に関して、ユリの出荷量の多い県から問い合わせを受けています。香り抑制液は、つぼみのうちに処理をした方が効果は高いので、開花前の処理を推奨します。ユリの産地や市場、小売業者などと連携することで、本手法の実用化を図り、ユリの需要拡大によって花き産業へ貢献したいと考えています。

 

参考データ

図1 ユリ「カサブランカ」

図1 ユリ「カサブランカ」

 

図2 香りを抑える原理

図2 香りを抑える原理

 

図3 香り抑制剤の処理効果

図3 香り抑制剤の処理効果

 

用語の解説

【オリエンタル系のユリ】
ヤマユリ、カノコユリなど日本原産のユリを親に持つ品種。華やかな大輪の花と濃厚な香りが特徴。
 

【芳香族化合物】
主にベンゼン核を有する化合物群。植物や微生物ではシキミ酸経路を経て合成される。バラの香りの2-フェニルエタノール、スパイシーな香りのオイゲノールなどの成分がある。
 

【テルペノイド】
イソペンテニルピロリン酸とジメリルアリル二リン酸(イソプレン単位)に由来する化合物群。ミントの香りのミントン、レモンの香りのシトラールなどの成分がある。
 

【フェニルアラニンアンモニアリアーゼ】
芳香族化合物の生成経路の中で、フェニルアラニンからトランス桂皮酸への変換を触媒する酵素。