プレスリリース
早熟性などの果実形質を制御するリンゴの染色体領域を特定

- DNAマーカーでリンゴの育種を加速 -

情報公開日:2015年4月15日 (水曜日)

ポイント

  • リンゴの四つの果実形質(早熟性、収穫前易落果性、果汁難褐変性、高酸性)を制御する染色体領域を特定しました。
  • これらの果実形質を制御する領域の中には、好ましい形質と好ましくない形質に関する領域が非常に近い位置にあり、高い確率で同時に遺伝するものがあることが明らかになりました。また、これらの領域を検出できるDNAマーカーを開発しました。
  • これらのマーカーを活用することにより、早熟性など優良な果実形質を持つリンゴの育種を加速することができます。

概要

1. リンゴの四つの果実形質を制御する染色体領域(QTL)を明らかにしました。四つの果実形質は、1早熟性(熟期が早い性質)、2収穫前易落果性(収穫前に果実が落ちる性質)、3果汁の難褐変性(茶色く変色しにくい性質)、4高酸性です。 

2. ゲノム中に四つある早熟性に関する領域の一つは、収穫前易落果性に関する領域と非常に近い位置にあることが分かりました。また、この領域の組合せを検出するDNAマーカーを開発しました。収穫前に落果しにくい早熟品種を育成する場合には、このDNAマーカーを持つ個体を除いた上で、他の染色体に存在する三つの早熟性の領域を持つ個体を選抜することが望ましいことが分かりました。

 3. 同様に、ゲノム中に二つある果汁難褐変性の領域の一つは、二つある高酸性の領域の一つと近い位置にあることが分かり、この領域の組合せを検出するDNAマーカーを開発しました。一方、もう一つの難褐変性の領域だけでは十分な品質を示さないことが分かりました。このため、果汁が褐変しにくい品種を育成する場合には、一定の酸味を許容することになりますが、今回開発したDNAマーカーを持つ個体の中から、他の高酸性の領域を持たない個体を選抜することが適当と考えられます。

 4. リンゴの品種開発において、掛け合わせたリンゴが結実し、果実形質の評価ができるようになるまでに5年以上必要で、多くの個体から選抜するための広いほ場も必要です。しかし、DNAマーカーを活用して幼苗の段階で果実形質を推定し、優れた素質を持つ個体だけを選抜していけば、効率的な品種改良を行うことが可能となります。

 5. 現在、これらの領域の情報や開発したDNAマーカーを用いて、数百個体の果実形質の予測に取り組んでいます。3年後にはこれらの個体の果実形質が判明するため、DNAマーカーを活用した幼苗段階での形質予測の有効性が明らかになる予定です。

 予算:運営費交付金
農林水産省委託プロジェクト「ゲノム情報を活用した農畜産物の次世代生産基盤技術の開発」(H25-H29)


詳細情報

新品種育成の背景・経緯

交雑による果樹の品種改良では、できるだけ多くの交雑種子から植物体を育成し、その中から優れた個体を選抜して新品種とします。しかし、リンゴの果実形質の優劣を評価するためには、果実が結実を開始するまで5年以上かけて樹体を大きく育成する必要があります。また、ほ場に植えられる果樹の数は、イネ等の一年生作物と比べて非常に少なく、これらのことが果樹における品種改良の進展を妨げています。

しかし、幼苗の段階で遺伝子の目印となるDNAマーカー1)を用いて、果実形質(糖度、酸度、硬度など)の優劣を推定し、これらの形質について優れた素質を持つ個体だけを選抜してほ場に植え、結実後に栽培のしやすさや収量性などにより総合的な評価・選抜を行えば、優れた品種が生まれる確率が高くなります。このため、DNAマーカーの開発が強く望まれています。

ただし、目的の優良遺伝子の近くに欠点を作り出す遺伝子があった場合、両者は高い確率で同時に遺伝してしまいます。DNAマーカーを利用して品種改良を効率よく進めるためには、多様な果実形質の遺伝解析を同時に行い、どのような形質の原因遺伝子同士が近くにあるかを知り、目標達成のために取捨選択することも重要です。

そこで私たちは、欠点も含めて、リンゴの果実形質を制御する遺伝子が存在する領域を特定し、これらを検出するためのDNAマーカーを開発しました。

研究の内容・意義

1.「王林」と「あかね」2)の交雑後代137個体を果樹研究所リンゴ研究拠点(岩手県盛岡市)で栽培し、糖度、硬度、早熟性3)、収穫前易落果性4)、果汁難褐変性5)(図1)、高酸性6)などの果実形質と、染色体の構成とを比較して遺伝解析7)を行いました。その結果、各形質を制御している染色体領域(QTL8))が、早熟性で4か所、収穫前易落果性で1か所、果汁難褐変性、高酸性で各々2か所見つかりました(図2、図3)。 

2. 早熟性を制御する四つのQTLの一つ(早熟性3)は、収穫前易落果性のQTLと非常に近い位置にあり、早熟性と収穫前易落果性のQTLは高い確率で同時に遺伝することが明らかになりました(図2)。また、早熟性3と収穫前易落果性のQTLを検出するためのDNAマーカーACS1-1(エーシーエス1-1)を開発しました。ACS1-1を持つリンゴは、これを持たないリンゴに比べて収穫期が1.5週早くなる一方で(図4(a))、収穫前落果の危険性が高くなりました(図4(b))。このため、収穫前に落果しにくい早熟リンゴを育成するためには、このDNAマーカーを持つ個体を除いた上で、他の三つのQTLを持つ個体を選抜することが望ましいことが分かりました。 

3. 果汁の難褐変性を制御する二つのQTLの一つ(果汁難褐変性2)は、高酸性のQTL(高酸性2)の近くにあり、難褐変性と高酸性のQTLも高い確率で同時に遺伝することが明らかになりました(図3)。また、果汁難褐変性2と高酸性2のQTLを検出するためのDNAマーカーTsuENH022(ティーエスユーイーエヌエイチ022)を開発しました。TsuENH022を持つリンゴは、これを持たないリンゴに比べて褐変指数が1.5小さくなる一方で(図5(a))、酸度が0.18%高くなりました(図5(b))。難褐変性の場合には、もう一つのQTL(果汁難褐変性1)だけでは十分な品質を示さないことが分かりました。このため、果汁が褐変しにくいリンゴを育成するためには、一定の酸味を許容することになりますが、このDNAマーカーを持つ個体の中から、高酸性1のQTLを持たない個体を選抜することが適当と考えられます。

 

図1 果汁難褐変性

図1 果汁難褐変性
搾汁後、室温で6時間保存し、果汁の褐変程度を6段階に指数化した。

図2 早熟性と収穫前易落果性の遺伝

 

図2 早熟性と収穫前易落果性の遺伝 

早熟性を制御する四つのQTLのうち、「早熟性3」のQTLが収穫前易落果性のQTLと密接な関係にある。「早熟性3」と「易落果性」のQTLは、「印度」から「王林」へ遺伝し、「王林」の後代にまで同時に遺伝した。このQTLは、DNAマーカーACS1-1で検出可能なことが分かった。

図3 果汁難褐変性と高酸性の遺伝

 

図3 果汁難褐変性と高酸性の遺伝 

果汁の難褐変性を制御する二つのQTLのうち、一つが「高酸性2」のQTLと密接な関係にある。「難褐変性2」と「高酸性2」のQTLは、「紅玉」から「あかね」へ遺伝し、「あかね」の後代にまで同時に遺伝した。このQTLは、DNAマーカーTsuENH022で検出可能なことが分かった。

図4、図5

図4 DNAマーカーACS1-1を指標にした
早熟性と収穫前易落果性の関係


(a)「王林」と「あかね」の後代における
DNAマーカーACS1-1と早熟性の関係。
9月第1週を「0」とする。ACS1-1を持つ個体()の
収穫時期は、平均1.5週早くなる。

(b)DNAマーカーACS1-1と収穫前易落果性の関係。
ACS1-1を持つ個体()は、収穫前落果率が高くなる。
図5 DNAマーカーTsuENH022を指標にした
果汁難褐変性と高酸性の関係


(a)「王林」と「あかね」の後代における
DNAマーカーTsuENH022と果汁難褐変性の関係。

(b)DNAマーカーTsuENH022を持つ個体()の
果汁褐変指数は、平均1.5低くなる。
DNAマーカーTsuENH022と高酸性の関係。
DNAマーカーTsuENH022を持つ個体()の
酸度は、平均0.18%高くなる。


今後の予定・期待

今回、明らかになった果実形質のQTLは「王林」と「あかね」で見出されたものです。他の品種ではこれらとは別のQTLが見出される可能性もあります。そこで、他の品種を用いて新たなQTLの探索とDNAマーカーの開発を続け、より広い範囲の育種目標に合致する個体を幼苗段階で選抜できるようにします。

また、現在、各QTLの情報や開発したDNAマーカーを用いて、数百個体の果実形質の予測に取り組んでいます。3年後にはこれらの個体の果実形質が判明するため、DNAマーカーを活用した幼苗段階での形質予測の有効性が明らかになる予定です。

本成果の発表論文

Kunihisa M. et al. (2014) Identification of QTLs for fruit quality traits in Japanese apples: QTLs for early ripening are tightly related to preharvest fruit drop. Breeding Science 64:240-251

用語の解説

1) DNAマーカー

DNAの塩基配列中の特定の配列を利用した目印のことです。葉などから取り出したDNAと適切なDNAマーカーがあれば、結実を待たずに果実品質等の予測が可能です。

2) 「王林」と「あかね」

「王林」は晩熟、収穫前易落果、低酸の品種です。一方で「あかね」は早熟、収穫前難落果、高酸の品種です。対照的な性質をもつこれらの品種を掛け合わせることにより、バリエーションのある後代が出現し、遺伝解析が容易になります。

3) 早熟性(早生性)

リンゴは8月から11月まで収穫され、品種ごとに収穫時期が異なります。リンゴ栽培において、早く成熟する品種のことを早生品種と呼びます。リンゴの成熟期を細かく分類すると、8月20日頃までに収穫されるものを「極早生種」、9月20日頃までに収穫されるものを「早生種」、10月20日頃までに収穫されるものを「中生種」、これ以降のものを「晩生種」と呼んでいます。

4) 収穫前易落果性

果実は一般に、成熟(または過熟)すると落果します。しかし、品種によっては適熟に達する前や、生産者が収穫する前に落果が始まるものがあります。これを収穫前易落果性といい、収穫量を減少させる大きな問題です。

5) 果汁難褐変性

リンゴには、「ふじ」や「王林」のように果汁が空気に接触すると褐色に変化するものと、「ジョナゴールド」「あかね」のように変色しにくい(難褐変性)ものがあります。果汁難褐変性品種を利用すれば、酸化防止剤の使用を抑えたジュース等の加工が期待できます。

6) 高酸性

リンゴの酸味の多少は、含まれるリンゴ酸の量でほぼ決まっています。一般に、酸含量が0.3%未満は低酸度(低酸性)、0.6%以上は高酸度(高酸性)と言われます。

7) 遺伝解析

リンゴの染色体全体にDNAマーカーを配置し、対象とする形質の子世代への遺伝様式と類似した遺伝様式を示すDNAマーカーを統計的に探索することで、対象形質のQTLを推定する方法です。

8) QTL

リンゴの色(赤、緑)のような不連続な形質を質的形質、糖度のような連続した数値で表される形質を量的形質と言います。量的形質は、複数の遺伝子に制御されており、これらの形質の表れ方をコントロールする染色体領域をQTL(Quantitative Trait Loci(量的形質座位))と言います。