プレスリリース
DNAマーカー選抜技術を用いて育成した大豆新品種「フクミノリ」

- 主力品種「フクユタカ」のハスモンヨトウ抵抗性の向上に成功 -

情報公開日:2010年12月21日 (火曜日)

ポイント

  • 「フクミノリ」は、大豆では我が国で初めてDNAマーカー選抜技術を利用して育成された品種です。
  • 大豆の主力品種「フクユタカ」と同等の豆腐加工適性、栽培特性を持ちながら、重要害虫ハスモンヨトウに対する抵抗性を向上させた豆腐用新品種です。
  • これにより、暖地・温暖地における大豆作の収量安定に貢献することが期待されます。

概要

農研機構 九州沖縄農業研究センターは、大豆では我が国で初めてDNAマー カーを用いて選抜した豆腐用新品種「フクミノリ」を育成しました。

「フクミノリ」はDNAマーカー選抜技術によって、重要な食葉性害虫であ るハスモンヨトウへの抵抗性遺伝子を豆腐用大豆の主力品種「フクユタカ」に短期間に導入し、ハスモンヨトウ抵抗性を向上させた品種です。

「フクミノリ」は、「フクユタカ」と同等の豆腐加工適性と栽培特性を持っています。
これにより、暖地・温暖地におけるハスモンヨトウ被害の軽減につながるとともに、大豆作の収量安定に貢献することが期待されます。

関連情報

予算

運営費交付金、農林水産省委託プロジェクト研究「新農業展開ゲノムプロジェクト(平成19~21年度)」

品種登録

出願番号「第24879号」


詳細情報

背景

ダイズゲノムが2010年に解読されたことにより、開花期、登熟期、耐病虫性等に関わる遺伝子について、その近傍にあるDNAの塩基配列上の目印であるDNAマーカーが開発されています。DNAマーカーを用いることにより、大豆を栽培することなく、種子の一部からDNAを抽出して解析するだけで、目的とする遺伝子の有無を確認して選抜できるため(図1)、育種の省力化、短縮化が可能になります(図2)。我が国では、イネでDNAマーカー選抜を用いた品種がすでに育成されていますが、大豆ではこの方法を利用して育成された品種はこれまでありませんでした。

一方、当センターが昭和55年(1980年)に育成した豆腐加工用大豆品種「フクユタカ」は、作付面積日本一を誇る品種ですが、例年多発する害虫のハスモンヨトウに対する抵抗性が弱いため、この抵抗性を向上させた豆腐用品種の育成が求められていました。

経緯

DNAマーカー選抜を用いた育種により、「フクユタカ」のハスモンヨトウ抵抗性の導入を進めました。

青刈飼料用の大豆品種「ヒメシラズ」は強いハスモンヨトウ抵抗性を持っていますが、収量や加工品質などの特性が劣るため、そのままでは食用大豆として利用できません。「ヒメシラズ」が持つ抵抗性を利用するために、この抵抗性に関わる遺伝子を解析した結果、CCW-1、CCW-2の2個の遺伝子を発見しました。

そこで、「フクユタカ」と「ヒメシラズ」を交配し、その後代(子孫)の中からDNAマーカーを用いてハスモンヨトウ抵抗性遺伝子を持つ個体を選抜し(図1)、「フクユタカ」を連続して繰り返し交配する戻し交配(連続戻し交配)を5回行いました。これにより、ほとんどの染色体領域が「フクユタカ」由来でありながら、「ヒメシラズ」由来のハスモンヨトウ抵抗性遺伝子を持つ品種を育成しました(図3)。

内容・意義

DNAマーカー選抜を用いて、「フクユタカ」にハスモンヨトウ抵抗性遺伝子CCW-1、CCW-2を効率的に付与しました。従来の方法では、抵抗性をもつ個体を選抜するには、大豆を栽培して抗生性試験、選好性試験等により評価を行う必要があるため、2年に1回の戻し交配が限界でした。DNAマーカーを用いることにより、1年に最大2回の戻し交配を行うことができました(図2)。

ハスモンヨトウ抗生性試験(写真1)、選好性試験(写真2)、ほ場における幼虫個体群の密度調査の結果から総合的に判断して、ハスモンヨトウ抵抗性が「フクユタカ」の“弱”から、「フクミノリ」では“中”に強化されています。

種子の外観品質等の特性や豆腐加工適性は「フクユタカ」と同等です(表1、写真3・4)。

今後の予定・期待

「フクミノリ」は、「フクユタカ」と比べてハスモンヨトウに対する抵抗性が向上していることから、ハスモンヨトウが問題になっている暖地・温暖地に普及することが期待されます。これにより、暖地・温暖地におけるハスモンヨトウ被害が軽減され、大豆作の収量安定に貢献することが期待されます。さらに、DNAマーカー選抜技術は、耐病虫性向上、登熟期改変、機械化適性付与等を目標とした大豆品種の効率的な育成に、今後広く利用されていくことが期待されます。

用語解説

ハスモンヨトウ
鱗翅目(りんしもく)に属する大豆の重要害虫であり、幼虫による葉の食害が問題となっています。特に暖地で発生が多く、九州では例年、大豆作付面積の約8割で発生が確認されています。幼虫は1齢幼虫から5回脱皮した6齢幼虫まで成長したのち蛹となり、羽化して成虫となります。
DNAマーカー
品種間や個体間での染色体上のDNAの塩基配列の違いを、目印(マーカー)として利用するものです。育種では、目的とする遺伝子の周辺にあるDNAマーカーを調べることにより、その遺伝子の有無を判定して、目的とする個体を選抜するのに利用されています。このほか、品種識別にも利用されています
連続戻し交配
品種Aが持つ性質を品種Bに付与したい時、品種Aと品種Bを交配した後、品種Bにできるだけ近い品種を作るために、その後代と品種Bをさらに交配することを戻し交配といいます。複数回連続して戻し交配を行う場合を連続戻し交配と呼びます。
抗生性試験
抗生性試験とは、異なる品種を用いて害虫を飼育すると、害虫の摂食量や、成長量、成長速度に差が出ることを利用して、抵抗性を判定する試験です。当研究では、大豆のハスモンヨトウに対する抗生性を評価するため、6齢幼虫を蛹になるまで大豆の葉を与えて飼育し、蛹重を6齢幼虫の期間で割って成長指数を算出し、大豆品種の抗生性を評価しました。成長指数が小さいほど、すなわち蛹重が軽く6齢幼虫期間が長いほど、抗生性(抵抗性)が強いことを示します。
選好性試験
選好性試験とは、害虫がどちらも加害できる状態で異なる品種を並べておくと、害虫が一方の品種を好んで加害することを利用して、抵抗性を判定する試験です。当研究では、大豆のハスモンヨトウに対する選好性を評価するため、シャーレの中に標準品種の葉と、評価したい系統の葉を並べて置き、ハスモンヨトウの3齢幼虫を放して一定時間後の各葉の摂食割合から選好性を評価しました。
ほ場幼虫個体群密度調査
ほ場の大豆植物体の下に傘を逆さにして入れ、その上で植物体を強く揺さぶってハスモンヨトウ幼虫を払い落すことによって、大豆1株当たりの幼虫数を計測して抵抗性を評価する手法です。

DNAマーカーを利用した系統選抜

通常の選抜とDNAマーカー選抜による戻し交配の比較

「フクミノリ」の第7染色体上の抵抗性遺伝子の配置

フクミノリの豆腐加工適正

抗生性試験の様子

選好性試験

フクユタカとフクミノリの成熟期の草姿

フクユタカとフクミノリの子実