プレスリリース
直播でも倒れにくく、低コスト生産が可能になる水稲新品種「たちはるか」を開発

- 業務加工向き耐病・多収の水稲新品種 -

情報公開日:2012年10月10日 (水曜日)

【お詫びと訂正 2012年10月22日 】

水稲新品種「たちはるか」の品種登録出願について誤りがありました。品種登録出願は「2011年4月」ではなく「2012年3月」にしています。
ここに訂正するとともに、深くお詫び申し上げます。

なお、現在の記事およびファイルダウンロード( プレスリリース印刷用)は訂正したものを掲載しています。

農研機構九州沖縄農業研究センター 広報普及室

ポイント

  • 「たちはるか」は、直播栽培でも倒れにくい特性を導入された日本初の主食用品種です。(この特性は米国の直播向き品種「Lemont」から導入されました。)
  • 従来品種より20%近く多収で、「コシヒカリ」、「ヒノヒカリ」と同等の良食味です。
  • いもち病1)(葉いもち、穂いもち)と縞葉枯病(しまはがれびよう)2)に強く、農薬使用も低減できます。
  • 低コスト生産向きの特性を活かして、業務用・加工米用の用途が期待されます。

概要

  • 農研機構 九州沖縄農業研究センターは、多収で直播栽培3)に適した水稲うるち品種「たちはるか」を育成しました。米国の直播用品種「Lemont」から倒れにくい特性を導入した、主食用品種としては日本で初めての品種です。
  • 九州を初めとする西日本に適する晩生種で、一般の主食用品種より10~20%多収で低コストでの生産が可能です。
  • DNAマーカー育種4)により、日本で初めて、稲の主要病害のいもち病の抵抗性遺伝子2個、縞葉枯病の抵抗性遺伝子1個を同時に導入しました。これら病害に大変強くなっており、農薬施用を削減することができます。
  • ご飯の食味は良食味米の「ヒノヒカリ」「コシヒカリ」と同等です。また、米粒がやや大粒でタンパク質含有率が低いため酒造用(掛米(かけまい))5)にも適性があります。
  • 京都府の酒造メーカーが低コスト生産が可能な酒造用米としての使用を計画しており、24年度から岡山県の大規模農業法人が作付けを行っています。この他にも業務用、加工用など、その低コスト生産性を生かした用途が期待できます。

関連情報

予算:農林水産省委託プロジェクト「新農業展開ゲノムプロジェクト(政策ニーズに合致したイネ新品種の開発)(平成20~22年度)」

種苗法に基づく品種登録出願:出願番号:第26820号


詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

近年、米の需要が低迷する中で、業務用の低価格な米の需要は外食・中食用途の伸びを受けて、堅調に推移しています。また酒造メーカーや焼酎メーカーの中には、業務加工米として安価に入手できる原料への要望がありました。こうした背景から、直播栽培等による低コスト生産が可能で、一定水準の品質・食味を備えた品種が求められていました。そこで、これらのニーズに応えるため、暖地の普通期栽培に適し、良食味性と多収性、耐倒伏性、耐病性を合わせ持つ低コスト栽培適性品種の育成を目指しました。

品種育成の内容・意義

  • 「たちはるか」は「西海飼253号(タチアオバ)6)」と「中部111号(みねはるか)7)」を2004年に交配した後代より選抜し、育成したうるち品種です。(図1)。
  • 出穂期は「レイホウ」と同程度の晩生の熟期です(表1)。適地は暖地および温暖地の平坦部です。
  • 稈が太く、株の支持力が大きいため特に直播条件で耐倒伏性が強くなっています。この倒伏に強い特性は「Lemont」(アメリカの直播用品種)に由来すると考えられます(表1)(写真1)。
  • 移植栽培での収量性は「レイホウ」、「ヒノヒカリ」を20%近く上回り、多収品種の「あきまさり」よりさらに多収です(表1)。また直播栽培でも多収が得られ(表1)、暖地の配付先(県農業試験研究機関)でも多収を示しました(図2)。
  • DNAマーカー選抜を利用して日本で初めて育成した、Pb1(穂いもち圃場抵抗性)、Pi39(いもち病圃場抵抗性)およびStvb-i(縞葉枯病抵抗性)の抵抗性遺伝子を合わせ持つ品種です。この結果、いもち病に対しては葉いもち、穂いもちとも"強"で、縞葉枯病にも抵抗性です(表2、写真2)。
  • 千粒重が25g前後のやや大粒で、玄米タンパク質含有率が「レイホウ」「ヒノヒカリ」等より低いことから酒造用(掛米(かけまい))として利用できます(表1)。玄米の外観品質は、腹白や乳白粒がやや多く発生するため「あきまさり」に劣りますが、ご飯の食味は「ヒノヒカリ」に近く良好です(表1)。
  • 耐倒伏性、耐病性の強い多収の晩生種として、直播栽培も含めた低コスト栽培に適します。2011年4月 2012年3月に品種登録を出願しました。品種の名前は、「直立した草姿を持つ多収・耐病品種で稲作の未来を見通す品種」の意味です。

図1 「たちはるか」の系譜図

写真1 育成地における草姿(直播栽培)

表1 「たちはるか」の栽培特性(2008~2011年、育成地)

表2 病害および障害抵抗性

図2 配付先における玄米収量

写真2  葉いもち幼苗検定における発病

今後の予定・期待

京都府の酒造メーカーが低コスト生産が可能な原料米として使用を計画しており、24年度から岡山県の大規模農業法人が作付けを行っています。当面は数十haの作付が見込まれます。このほかにも、多収性を生かした低コストで生産できる業務用、加工用米として、米飯(弁当等)や醸造用、米粉用など多様な用途が期待されます。

用語解説

1)いもち病
稲の病害の中で、わが国で被害が大きい主要病害の一つです。糸状菌(かび)により感染・発病します。苗、茎葉など稲のほとんどの部位を侵しますが、とりわけ穂首や籾に発病する(穂いもち)と、実が入らなくなるため被害が大きくなります。現在、日本ではほとんどの場合薬剤により防除されていますが、抵抗性品種を利用することにより薬剤に頼らずに発病を抑制することが可能です。Pb1は縞葉枯病抵抗性遺伝子Stvb-iの近傍に位置し、その抵抗性は過去40年以上利用されてきましたが、現在でも穂いもちに対して安定した効果を保持しています。Pi39は中国雲南省の遺伝資源から導入された抵抗性遺伝子で、作用力が高く、現在のところ安定した抵抗性を示しています

参考写真:葉いもちの病徴     穂いもちの病徴

2)縞葉枯病(しまはがれびよう)
稲のウイルス性の病害です。縞葉枯病ウイルスはヒメトビウンカによって媒介され、ウンカが稲を吸汁することにより感染・発病します。本田初期に発生すると、新葉が巻いたまま垂れ下がって枯れる、「ゆうれい症状」を発症し、生育後期に発病すると、出すくみ症状を呈し、出穂しても奇形となります。発病株は正常な結実がほとんど見込めなくなるため多発すると大きく減収します。防除法は抵抗性品種の利用以外には、ヒメトビウンカの薬剤防除しかないのが現状です。
Stvb-iはパキスタン品種Modan等のインディカ品種が持っていた抵抗性遺伝子で、日本水稲品種に導入されてから40年以上利用されてきましたが、現在でも安定した効果を保持しています。

参考写真:縞葉枯病の病徴

3)直播栽培
田んぼに稲の苗を植えるのではなく、種籾を直接田んぼの中に播く栽培方法です。日本の水稲栽培では苗を育てて田植えを行う「移植栽培」が一般的ですが、「直播栽培」は、苗づくりが不要で稲作の大規模化・低コスト化・省力化のためのキーテクノロジーとして有望視されています。栽培面積は全国でまだ20,000ha前後と少ないのですが、近年着実に増加傾向にあります。
直播の様式は播種前の入水の有無によって湛水直播、乾田直播に大別することができ、湛水直播は播種前に代かきを行なう栽培様式であり、乾田直播は乾田状態で播種し、苗立ち後に湛水する栽培様式です。湛水直播は作業が播種時の天候に左右されにくいという利点がありますが、水田に直接播種するために出芽・苗立ちが不安定であること、移植に比較して登熟期に倒伏しやすいために収量が不安定であることなどが欠点とされてきました。
米国やオーストラリア、南ヨーロッパでは直播栽培により経営規模の大きな稲作が行われている地域も多く、品種も直播栽培への適性を持つことを前提に開発が進められてきました。「Lemont」等のアメリカ品種は太い根を地中深くまで伸ばす性質を持っており直播条件でも倒伏に強い特性を持つことが知られています。

4)DNAマーカー選抜(育種)
イネゲノムの解析により、病害虫抵抗性など農業上有用な遺伝子の染色体上の位置や数が明らかにされています。この情報を利用し、目的とする遺伝子のすぐそばにある標識となるDNA配列(DNAマーカー)を手がかりに選抜することで、効率的に選抜を進める技術です。病害虫抵抗性の場合、従来の選抜法では病害虫の多発する環境下で稲を育てたり、人為的に病原菌や害虫を接種するなど選抜に多くの労力と時間を要していました。少量の稲の葉等から抽出したDNAをDNAマーカーを用いて分析することにより、効率よく目的形質の選抜が行えるようになります。

参考図:DNAマーカー選抜による複合耐病性品種育種の模式図 参考写真 DNAマーカーによる耐病性遺伝子の推定

5)掛米(かけまい)
日本酒の製造工程で蒸米として酒母やもろみに麹とともに添加される米を指します。清酒の使用原料米に占める割合は、麹を作る麹米より多く、原料米の大半が掛米として使われます。

参考図:酒造工程の図解

6)タチアオバ
2006年農研機構育成、ホールクロップサイレージ用品種、高乾物生産性、穂いもち抵抗性遺伝子Pb1および縞葉枯病抵抗性遺伝子Stvb-i保有。

7)みねはるか
2006年愛知県育成、主食用品種、良食味、いもち抵抗性遺伝子Pi39保有。