プレスリリース
熱ストレスによるトマト果実の成熟制御

情報公開日:2000年11月 1日 (水曜日)

背景・ねらい

トマト果実の成熟は、エチレン生成系をはじめ多種類の酵素が複雑に関係して進行しているものと考えられている。一方、植物はストレス環境にさらされると正常な代謝を停止し、受けたストレスに応答する高度な機能を備えている。このためストレス応答反応を利用して果実の成熟関連タンパク質の発現を制御できる可能性がある。そこで、トマト果実におけるストレスタンパク質の機能を解析し、さらに成熟に関連する遺伝子およびタンパク質の発現に与える影響を調べ、ストレス反応を利用した成熟制御技術の開発のための基礎的知見を得る事を目的として研究を行った。

成果の内容・特徴

  • 成長・肥大が完了して赤くなる直前の緑熟トマト果実を一時的に熱処理(42°C、24時間)することにより、果実の成熟は5日程度遅延した(図1)。加熱中果実の成熟・老化を推進するエチレン生成量は減少したが、加熱終了後は速やかに回復することから(図2)、成熟の遅延はエチレン生成能の低下によるものではないことが明らかになった。
  • トマト果実は水分を多量に含むので、水の存在形態は非常に重要である。そこで、加熱処理中および処理後のトマト果実内部の水の動きをNMRマイクロイメージング法で非破壊的に解析した。NMRマイクロイメージング装置中でトマト果実を加熱すると、加熱開始6時間後から徐々に果実内部の水の運動性の低下がみられた(図3、色のより濃いところが低い)。これは、熱によって変性したタンパク質などに水が結合して、果実内部で自由に動ける水が減少したことによると考えられる。さらに水の運動性は加熱終了後も低いままで持続した。以上のことより、果実内部の自由水が低下することにより生理活性が低下し、それが加熱終了後も持続することが、一時的な加熱処理による成熟・老化の遅延効果の一因として考えられた。
  • 熱処理して増加した果肉部分のタンパク質では、加熱処理時にタンパク質が変性・集合するのを防ぐと考えられる熱ストレス タンパク質や、加熱によって発生した過酸化物の消去や膜のダメージを回復させる酵素等が誘導されていた(表1)。加熱処理によるこれらの酵素類の上昇は、通常の代謝がストレス応答状態へとシフトしていることを示している。この代謝系の変化が、通常なら進行している成熟・老化速度の減少効果の一因であると考えられた。また、熱処理によって発現が減少したタンパク質では、甘みの成分であるショ糖を単糖へ変換するInvertase活性の低下がみられ、一時的な加熱処理による甘みの増したトマト果実の供給技術開発の可能性が考えられた。さらに、トマト果実の柔らかさに重大な影響を与えると考えられるPolygalacturonaseタンパク質が加熱処理により減少した(表1)。果実硬度は果実の保存時に特に重要であり、加熱処理による保存性の延長技術の開発に寄与するものと考えられた。

熱により成熟・老化が遅延することは多くの果実等で知られているが、その機構は明らかになっていなかった。本研究では、エチレン生成能の低下が成熟・老化遅延の直接の原因ではないこと、加熱によって果実内部の水の存在状態が変化して加熱終了後の成熟・老化遅延効果に寄与していることを明らかにした。また、加熱による細胞のダメージを阻止、あるいは回復させる熱ストレスタンパク質や活性酸素消去系のタンパク質類の合成のために通常の代謝系が変化し、成熟・老化の進行を阻害することが推察された。今後さらに、加熱により影響を受ける成熟関連タンパク質を解明することにより、成熟・老化を制御できる果実の作出、および高品質果実の流通技術の開発が可能になる。

今後の課題

さらに多くの加熱により変化するタンパク質を同定し、タンパク質同士、およびタンパク質の発現と遺伝子の発現との相互関係を解明して加熱による成熟・老化遅延効果機構を明らかにし、新しい果実の流通システムを開発する。


詳細情報

図1 加熱処理によるトマト果実の成熟の遅延

図2 加熱処理によるエチレン生成量への影響

図3 NMRマイクロイメージングによるトマト果実内部の水の状態の解析

表1 加熱により変化するトマト果実タンパク質