プレスリリース
(研究成果) 改良型のヒト胃消化シミュレーターを実用化

- 胃のぜん動運動を伴う食品の消化挙動をよりリアルに模擬でき、操作しやすい -

情報公開日:2021年3月25日 (木曜日)

農研機
筑波大
株式会社イーピーテック

ポイント

農研機構と筑波大学は、ヒト胃のぜん動運動を模擬し、ぜん動運動が駆動する条件下での食品の消化挙動を直接観察・評価できる「ヒト胃消化シミュレーター」を開発しました。今回、消化試験容器に傾斜を付けることで食品の消化挙動をよりリアルに模擬し、さらに装置全体の床置き・可動化、排出された消化物の自動回収用スペースについて改良したヒト胃消化シミュレーターを開発し、実用化しました。本装置は、汎用性の高いヒト胃消化シミュレーターとして食品産業での利用が見込まれます。また本装置は、消化性1)が制御された食品(スマイルケア食2)など)の設計・製造に役立つと期待されます。

概要

日本を含む先進諸国では、高齢化の進行や生活習慣病の顕在化が問題になっており、年齢や体質に応じた健康維持・疾病リスクの低減につながる、消化性が適切に制御された食品に高い関心が寄せられています。胃内消化は、ヒト体内における食品の消化において重要な役割を担っています。しかし、被験者の身体的負担の大きさから、胃内消化に関するヒト臨床試験を実施しづらいのが現状です。一方、試験装置による胃内消化性の評価では、従来は胃液の作用による化学的消化プロセスの評価が中心で、胃のぜん動運動が関与する消化プロセスの再現は困難でした。
そこで農研機構と筑波大学は2014年に、ヒト胃のぜん動運動を模擬した「ヒト胃消化シミュレーター」を開発しました。この装置では、胃のぜん動運動の存在下での食品の消化挙動を直接観察することができます。そしてその後、胃液の分泌機構や胃消化物の排出機構の追加など、改良を行ってきました。また本装置は、これまで(株)イーピーテックより試験販売されていました。
今回、消化試験容器の傾斜を胃に模して付けることで食品の消化挙動をよりリアルに模擬し、さらに装置全体の床置き・可動化と、排出された消化物の自動回収用スペースについて改良したヒト胃消化シミュレーターを実用化しました。
開発した装置は、(株)イーピーテックより製品化され、2021年3月より販売開始されました。

関連情報

予算:運営費交付金 特許:特許第6168585号

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構食品研究部門 研究部門長 亀山 眞由美
筑波大学 生命環境系長 松本 宏
株式会社イーピーテック 代表取締役 海野 春己
研究担当者 :
農研機構食品研究部門 食品健康機能研究領域 上級研究員 小林 功
筑波大学 生命環境系 教授 市川 創作
株式会社イーピーテック プロジェクトマネージャー 和田 芳弘
広報担当者 :
農研機構食品研究部門 研究推進室 清水 恒

詳細情報

開発の社会的背景

世界に先駆けて超高齢社会に突入した日本における課題の一つとして、平均寿命と健康寿命の差の短縮が挙げられます。健康の維持・増進や疾病の予防に資する年齢や体質に対応した食品の開発は、健康長寿社会の実現に有効な手段の一つです。高齢者向け食品の国内市場規模は1,000億円を超えており、新しい介護食品(スマイルケア食)の普及推進に関する取り組みも進められています。
健康の維持・増進に資する食品を設計・製造するためには、摂食後の食品の消化管内動態を考慮することが望まれます。食品に含まれる栄養機能性成分は、口腔、胃、小腸での消化を経て吸収され得る状態になります。咀嚼を伴う口腔内消化については、国内外でのヒト臨床試験の実施により、数多くの知見が蓄積されてきました。一方、小腸内消化・吸収に大いに影響する、胃内消化に関する知見は不十分でした。胃内消化のヒト臨床試験は、被験者の身体的負担などの理由により、実施に対するハードルが高いのが現状です。そのため、固形食品などの胃内消化性を評価可能なin vitro3)試験装置の開発が切望されていました。しかし、従来のin vitro試験装置では、胃液の作用による化学的な消化プロセスの評価が中心であり、胃のぜん動運動が関与する物理的・化学的な消化プロセスを適切に考慮することができませんでした。

経緯

農研機構と筑波大学は、ぜん動運動が活発に起きる幽門部4)の構造および機能を単純化したヒト胃消化シミュレーターの開発および本装置を利用した食品の消化挙動に関する研究を行ってきました。ヒト胃消化シミュレーターには、透明な前後面および伸縮性のあるゴム製の側壁からなる消化試験容器が設置されており、医学的知見に基づいた胃のぜん動運動の定量的な模擬および食品の胃内消化挙動の直接観察が可能です。当初開発したヒト胃消化シミュレーターにおいては、上記の消化試験容器の中で消化試験が完結していました。その後、実際の胃内消化に近づけるため、胃液の分泌機構と胃消化物の排出機構を備えた連続式ヒト胃消化シミュレーターを開発しました。
しかし、これらのシミュレーターでは、消化試験容器の設置角度が床面に対して垂直に固定されているため、ヒト胃の傾きに対応可能な改良が求められていました。また、卓上型で容易に動かすことができず、装置から排出される胃消化物の回収スペースが狭くて手動で回収する必要があるなど、試験装置としての改良が必要でした。

研究の内容・意義

  • 床置き・可動型ヒト胃消化シミュレーター(写真1)を開発しました。本装置は、実験台の無い場所への設置に対応できることに加え、胃消化物の自動回収装置(市販品)を設置・利用可能なスペースが装置下部に設けられたことで、消化試験時の操作性が向上しました。
  • ヒト胃消化シミュレーターに装着される消化試験容器の傾斜(最大90°C)を可能にし(写真2)、ヒト胃の傾きを模した条件での消化試験が可能になりました。本機構の利用により、現実に即した条件で汎用的な食品の消化試験を行えます。
  • 開発した装置は、(株)イーピーテックにより製品化され、2021年3月より販売を開始されました。価格は約350万円~370万円(税別、装置構成による)です。

今後の予定・期待

本装置は、食品関連機関・企業での多様な食品の胃内消化性の評価・解析の際に活用が見込まれます。本装置の導入により、食品関連企業における新たな食品(スマイルケア食を含む)の設計・開発が期待されます。また、本装置を利用した食品の胃内消化挙動の可視化データは、食育活動への活用が期待されます。

用語の解説

消化性
摂食・嚥下した食品が、消化管内での微細化・化学分解などにより、どの程度小さな画分になったかを表す指標です。[ポイントへ戻る]
スマイルケア食
新しい介護食品の名称です。農林水産省が、これまで介護食品と呼ばれてきた食品の範囲を整理し、スマイルケア食の枠組みを整備しました。詳細については、下記をご参照ください。[ポイントへ戻る]
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/seizo/kaigo.html(外部サイト:農林水産省)
In vitro
体内と同様の環境を人工的に構築した装置および条件下で行う試験のことを指します。倫理的問題がないうえ、試験可能な食品試料の制約も少なく、複数の消化試験も並行して行うことが可能です。[開発の社会的背景へ戻る]
幽門部
ヒト胃の下側にある部分を指し、ぜん動運動が活発に起きています。胃内消化は主に幽門部内で起き、胃消化物は胃の出口である幽門から十二指腸へと排出されます。[経緯へ戻る]

発表論文

  • Zaitian Wang, Hiroyuki Kozu, Kunihiko Uemura, Isao Kobayashi, Sosaku Ichikawa (2021). Effect of hydrogel particle mechanical properties on their disintegration behavior using a gastric digestion simulator. Food Hydrocolloids, Vol. 110, 106166.
  • 小林 功, 神津 博幸, 王 政, 市川 創作 (2018). ヒト胃消化シミュレーターを利用した食品粒子の微細化プロセスの可視化および評価. 日本食品科学工学会誌, Vol. 65, 543-551.
  • Hiroyuki Kozu, Isao Kobayashi, Mitsutoshi Nakajima, Marcos A. Neves, Kunihiko Uemura, Hiroko Isoda, Sosaku Ichikawa (2017). Mixing characterization of liquid contents in human gastric digestion simulator equipped with gastric secretion and emptying. Biochemical Engineering Journal, Vol. 122, 85-90.

参考図

図1 ヒト胃内における食品消化の模式図
写真1 床置き・可動型ヒト胃消化シミュレーターの全体構成
写真2 消化試験容器の傾斜機構を付与したヒト胃消化シミュレーター