プレスリリース
完全合成ガラス化保存液を用いた超低温保存ブタ体外受精胚から子豚生産に成功

- 受精卵移植を介したブタの病原体感染リスクの低減と低コスト生産に貢献 -

情報公開日:2012年6月18日 (月曜日)

株式会社 機能性ペプチド研究所
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所

ポイント

  • 血清などの生体材料を含まない、ブタ胚の超低温保存のための完全合成ガラス化保存技術を開発
  • 本技術を基に、ブタ胚の超低温保存のための完全合成ガラス化保存液キットを作製
  • このガラス化保存液キットを用いて超低温保存したブタ体外受精胚から子豚の生産に成功
  • 完全合成した保存液の使用により、受精卵移植を介した疾病伝播リスクの低減と生産コストの低減に期待

概要

細胞を生きたまま半永久的に保存する超低温保存技術は、家畜の精子や胚といった遺伝資源の保存での活用も期待されています。今回、(株)機能性ペプチド研究所と(独)農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所の共同研究チームは、血清などの生体材料を含まない完全合成ガラス化保存液キットを作製し、これを用いて液体窒素中(-196°C)で超低温保存したブタ体外受精胚を借り腹の雌ブタ(受胚豚)に移植し、受胎・出産に成功しました。

完全合成保存液キットを用いることにより、これまでの方法より低コストで効率的に胚を保存できるようになり、また、受精卵移植を介した感染リスクを低減して、安全・安心な子豚生産に貢献することが期待されます。

関連情報

本研究は、(独)農業・食品産業技術総合研究機構 生研センターによる「イノベーション創出基礎的研究推進事業(発展型研究)」の支援を受けて行われました。


詳細情報

研究の背景とねらい

家畜を含めて多くの哺乳動物では、精子、卵子、胚といった遺伝子資源を液体窒素(-196°C)中で長期間保存できるようになりました。胚の超低温保存は、優良な形質を持つ遺伝資源を後世に残すことができるだけでなく、家畜個体を輸送する場合に比べ、極めて低コストで遺伝資源(胚)を輸送し、胚移植により産子を作出することができる技術として注目されています。しかし、ブタの胚は他の哺乳動物胚に比べて特に凍結に弱いため、凍結融解後の胚生存性が低いことが課題となっています。

一方で、安全・安心な畜産物の生産にあたっては健康な産子を安定的に供給できる技術が重要です。養豚産業では、産肉能力や繁殖能力に優れた血統の種豚(子豚を生産するための親豚)を選択して使用することで、生産性の向上や豚肉の安定供給を図っているところですが、外部から種豚の導入や、自然交配などの繁殖行為によって感染が広がる病原微生物があることから、ブタを飼養、生産する上で疾病伝播リスクの低減にも貢献できる繁殖技術が求められています。胚を輸送して、他の場所で胚移植により子畜を生産する技術は、生体による移動に比べ、疾病を伝播する可能性が極めて低いことが知られており、胚移植を通じて優れた種豚を導入・生産するシステムの確立は、養豚産業の発展に寄与することが期待されます。

近年ブタ胚の凍結保存においてガラス化保存液注1)を用いた超低温保存技術が有効であることが分かってきました。従来法では、ガラス化保存液や加温・融解液に動物血清や血清成分を添加して、超低温処理や高濃度耐凍剤におけるストレスから胚を守ることが考えられています。しかし、血清や血清成分は生体材料であり、動物固有の疾病の病原体に感染している危険性があること、個体毎に生物活性が異なり品質の安定性に課題があることなど、生体材料をガラス化保存液成分として使用することには問題があり、生体材料を用いずとも胚を安定的に超低温保存できる技術の開発が求められています。そこで、ブタ胚の超低温保存のために使用する保存液中の成分組成について検討し、これらの生体材料を排除した既知成分から成る、完全合成ガラス化保存液キットの開発に取り組みました。

成果の概要と意義

  • これまでに開発してきたブタ胚培養用培地を基礎液とし、超低温保存に必要な耐凍剤や血清の代替となる合成高分子の種類や濃度について最適な条件を検討することで、ブタ胚の超低温保存を目的とした完全合成ガラス化保存液キット注2)(平衡液、ガラス化液、加温・融解液のセット)を国内で初めて開発、作製しました。
    写真1.完全合成ガラス化保存液キット
  • このキットを用いて超低温保存したブタ体外受精胚注3)(既に開発している完全合成培地により作製、1頭の受胚豚当たり30個)を、加温・融解処理後、外科的に6頭の受胚ブタ(借り腹雌ブタ)の子宮に移植し、4頭が妊娠しました。
    図1.ブタ体外受精胚の超低温保存と移植図2.新技術と従来技術の違い
  • また、受胎した4頭すべての受胚豚から、総計で18頭(1頭当たり平均4.5頭)の子豚(写真2)が生まれ、動物成分を含まない培地で作製した体外受精胚を完全合成ガラス化保存液で超低温保存した後に胚移植によって子豚を生産することに、世界で初めて成功しました。
    写真2.超低温保存した体外生産胚の移植で生まれた子豚
  • 完全合成体外受精胚作製用培地及びガラス化保存液キットを使用して体外受精した超低温保存胚から子豚を生産できることが証明され、これらの技術は疾病伝播防止の観点からも、有効に活用できると期待されます。
  • また、開発した完全合成ガラス化保存液キットは、ブタ体外受精胚に限らず体内受精胚の超低温保存にも使用でき、この技術はブタ個体を養豚農場間で移動させる必要がなく、超低温保存した胚を輸送して、他の養豚農場で子ブタとして生産する低コスト繁殖技術として養豚産業に貢献することが期待されます。
  • 以上のブタ胚の超低温保存技術は、養豚農家で実施可能な胚移植技術と組み合わせ、受胎率や産子数を改善することで、低コストで、衛生面でのリスクの少ない種豚生産・導入システムとして活用できると考えられます。そのため、超低温保存胚の非外科的胚移植による種豚生産の実証試験を現在行っており、豚の受精卵移植産業の形成を視野に入れた研究開発を進めています。

用語の解説

注1)ガラス化保存液:
高濃度の耐凍剤(エチレングリコール、トレハロースなど)を含む液(ガラス化液)の中に胚を投入すると、急速に脱水され、細胞質内の水分が耐凍剤と置き換わる。この状態で急速に液体窒素(-196°C)の超低温条件にすると、液や細胞質が凍ることなく(すなわち、氷の結晶が形成されず)、胚をガラス化(固化)させることができる。細胞質内に氷の結晶を作らないことで、胚を超低温保存しても生存させることが可能となった。

注2)完全合成保存液キット:
すべて既知成分からできている超低温保存液の組み合わせ。キットには、平衡液、ガラス化液、加温・融解液を含む。

注3)体外受精胚:
屠畜した雌畜から未受精卵を回収し、体外で卵子の培養、体外受精、および胚培養されて生産された胚。一方、生体内(子宮内)で作られた胚を体内受精胚と呼ぶ。一般的には、体内受精胚に比べて体外受精胚は、品質が劣る、耐凍性が低い、移植における受胎率、出産頭数が低率であることが知られている。