プレスリリース
2014年に宮崎県で発生した高病原性鳥インフルエンザ

- ウイルスの由来の検証のためのゲノム配列の解析 -

情報公開日:2014年12月26日 (金曜日)

ポイント

  • 2014年12月に宮崎県の養鶏場で発生した高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)の原因ウイルスの全ゲノム配列を解読しました。
  • 今回の発生は本年4月の熊本県の養鶏場や11月の千葉県の野鳥の症例とは、直接の関連がないことが示されました。

概要

  • 2014年1月以降、韓国の家きんや野鳥で流行を続けているH5N8亜型高病原性鳥インフルエンザウイルス1)(Highly Pathogenic Avian Influenza Virus: HPAIV)は、日本国内で4月に熊本県の養鶏場でHPAIの発生を起こし、11月以降、千葉県の野鳥(カモ類)の糞便、鹿児島県のツル等から分離されています。また、11月以降ヨーロッパや北米の家きん等で同じ亜型のウイルスによるHPAIの発生が報告されています。
  • 農研機構 動物衛生研究所では、2014年12月16日に宮崎県の養鶏場で発生したHPAIの原因ウイルスがH5N8亜型2)HPAIVであることを同定するとともに、このウイルスの全ての遺伝子の塩基配列を迅速に決定しました。
  • 決定された塩基配列を2014年4月に死亡鶏から分離された熊本株や2014年11月にカモ類の糞便から分離された千葉株及び公開遺伝子情報データベース上の韓国やヨーロッパで分離されているH5N8亜型HPAIV遺伝子との比較解析を行いました。
  • 今回、分離されたウイルス(宮崎株)は、熊本株、千葉株、そして1月以降に韓国、11月以降ヨーロッパの家きんで発生しているH5N8亜型HPAIVと共通の祖先から派生していることが明らかになりました。
  • 一方で、宮崎株は、遺伝子配列の違いから、熊本株や千葉株、ヨーロッパ発生株とは明瞭に区別されました。
  • 今回の宮崎県で発生したHPAIは、本年4月に熊本県の養鶏場、11月の千葉県の野鳥の症例とは直接の関連はないことが判りました。このことは2014年4月に発生したものとは異なり、秋以降、少なくとも2種類のH5N8亜型HPAIVが国内に新たに侵入していることを示唆しています。
  • 人への感染に関与すると推定されるアミノ酸配列の変異は認められなかったことから、宮崎株が直接人に感染する可能性は低いと考えられます。

予算:農研機構運営費交付金、文部科学省「感染症研究国際ネットワーク推進プログラム」


詳細情報

背景・経緯

2004年以降アジアを中心に、H5亜型高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)の発生が頻発しており、HPAIは、家きん産業への影響にとどまらず、人での感染・死亡事例も認められることから、家畜衛生だけでなく公衆衛生上の問題としても高い関心が持たれています。

2014年1月以降、韓国で発生が続いているH5N8亜型HPAIVは現在なお収束しておらず、同亜型のHPAIVが11月以降ヨーロッパ(ドイツ、イギリス、オランダ、イタリア)の家きんや野鳥、12月には北米大陸の家きんや野鳥への侵入が報告されるなど、世界的なまん延が懸念されています。日本国内では、2014年4月の熊本県の養鶏場での発生に引き続き、11月以降、千葉県、鳥取県、鹿児島県等で野鳥からH5N8亜型HPAIVの分離が報告されていました。

2014年12月16日に宮崎県延岡市北川町の家きん飼養農場でHPAIの発生が認められました。動物衛生研究所では、鳥インフルエンザの確定検査機関として、宮崎県宮崎家畜保健衛生所で分離されたA型インフルエンザウイルスの亜型同定、病原性試験、ウイルスゲノムの解析を行いました。

内容・意義

宮崎県宮崎家畜保健衛生所で分離されたA型インフルエンザウイルス(宮崎株)を用いて、赤血球凝集素タンパク質(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の亜型同定を行い、H5N8亜型であることを確定しました。この亜型は2014年1月から韓国で発生しているHPAIの原因ウイルスと同じであり、同年4月には熊本県の養鶏場の死亡鶏(熊本株)からも分離されています。さらに分離されたウイルスは、BSL-3ag3)動物実験室内で鶏に静脈内接種することによって、ウイルスの病原性が高病原性であることを確定しました。

インフルエンザウイルスは、分節化された8本のRNAをゲノムとして持っており、発現される主要なタンパク質から、それぞれPB2, PB1, PA, HA, NP, NA, M, NS遺伝子と呼ばれます。次世代シークエンサー4)を用いて全ウイルスゲノムを解読したところ、宮崎株の8本の遺伝子分節は、韓国の家きんや野鳥で同年1月から発生が続いているH5N8亜型HPAIVや熊本株、そして11月以降ヨーロッパの家きんで発生しているH5N8亜型HPAIVに高い相同性を示しており、同一の祖先から派生したことが明らかになりました。さらに詳細な遺伝子解析5)を行った結果、宮崎株は、熊本株や千葉・ヨーロッパ発生株ウイルスとは明瞭に区別されました。動物衛生研究所では、既に11月に千葉県の野鳥(カモ類)の糞便から分離されたウイルス(千葉株)の全ゲノム解析によって千葉株は、ヨーロッパ発生株と同一の由来であることを明らかにしています。

解読したゲノム配列を基に、人への感染に関与していると推定されているアミノ酸配列を解析した結果、人に直接感染する可能性は低いと考えられました。

以上のことから、12月に宮崎県で発生したHPAIの原因ウイルスは今年1月から韓国で流行を繰り返しているH5N8亜型HPAIVや4月の熊本県での発生、11月に千葉県の野鳥糞便で分離されたH5N8亜型HPAIV、現在ヨーロッパで発生しているH5N8亜型HPAIVと同じ系統に属しているが、熊本株や千葉株とは直接の関連はないことが判りました。このことから、2014年秋以降、4月に発生したものとは異なり、少なくとも2種類のH5N8亜型HPAIVが国内に新たに侵入していることが示唆されました。

今後の予定・期待

解読したゲノム配列は、近日中にGISAID6)に登録・公開を予定しています。公開したデータは、現在、ヨーロッパや北米まで広がったH5N8亜型HPAIVの世界的な動きを明らかにするために活用されます。動物衛生研究所では既に千葉県の野鳥糞便から分離されたウイルス(千葉株)のゲノム配列を解析し11月22日公開しています。公開の翌日には、Recombinomics のCommentary (http://www.recombinomics.com/News/11231401/H5N8_Japan_Europe.html)において、千葉株が2014年初期に分離された韓国株よりもヨーロッパで分離されたH5N8亜型HPAIVと近縁であることがインターネットを介して世界中に紹介されました。

今後、宮崎株の鶏におけるウイルスの体内動態やアヒルに対する病原性の解析等でウイルスの性状をより詳しく明らかにしていく予定です。また、他の研究機関や大学等との共同研究により、哺乳類を用いた感染実験やウイルスのレセプター特異性などが明らかにされることが期待されます。さらに最近、世界各地で検出されているHPAIVの遺伝学的情報が公開されれば、より詳細なウイルスの由来を推定することが期待されます。

用語の解説

  • 1) 高病原性鳥インフルエンザウイルス
    • 国際獣疫事務局(OIE)の規程による検査法によって鶏に高い致死率を示すA型インフルエンザウイルス。H5及びH7亜型の一部のウイルスが主。
  • 2)(A型インフルエンザウイルスの)亜型
    • ウイルス表面に存在する2つの糖タンパク質(赤血球凝集素タンパク:HA、ノイラミニダーゼ:NA)の種類によるウイルス分類法。HAには、H1からH16、NAにはN1からN9までの亜型が存在する(近年コウモリから新しい亜型のウイルスが報告され、それぞれH17N10, H18N11亜型と提唱されている)。通常それぞれの種類によって、H1N1、H3N2、H5N1等と記載。
  • 3) BSL-3ag
    • 畜産上の重要感染症病原体を取り扱う為の高度封じ込めが講じられている実験施設の基準。Bio-safety level-3 agricultureの略で高度の気密性が要求される。
  • 4) 次世代シークエンサー
    • 従来型のサンガー法に基づくシークエンサーとは異なる技術によるシークエンスを行なう。サンガー法では、鋳型となる遺伝子に相補的なプライマーDNAが必要であったが、次世代シークエンサーでは鋳型遺伝子配列に依存せず、大量の配列が解析できるため、迅速にゲノム配列等の解析が行える。
  • 5) 詳細な遺伝子解析(系統樹解析)
    • 生物(ウイルス)間の遺伝的関係を調べるために、遺伝子配列の相同性や塩基置換のパターンをコンピューターを用いて解析し、生物(ウイルス)間の遺伝的近縁関係を枝分かれした樹として表示する解析方法。
  • 6) GISAID
    • Global Initiative on Sharing Avian Influenza Dataの略。人や動物で分離された全てのタイプのインフルエンザウイルスの配列を共有するための科学者による国際的な取り組みであり、迅速な配列公開が可能なデータベースの提供も行っている。

2014年に国内で分離されたH5N8亜型HPAIVの由来