プレスリリース
(研究成果) 害虫の唾液からイネの食害を促すタンパク質を発見

情報公開日:2019年2月12日 (火曜日)

ポイント

農研機構は、イネ害虫のツマグロヨコバイの唾液から、イネの食害に必要不可欠なタンパク質「NcSP75(エヌシーエスピーななじゅうご)」を発見しました。このタンパク質の発現を抑えると、ツマグロヨコバイはイネの液汁(篩管液1)等)を吸うことができなくなり、成長が阻害されるとともに、産卵数が減少しました。このタンパク質の働きを阻害することができれば、イネを害虫の食害から守る技術として活用できます。

概要

イネ害虫のツマグロヨコバイは針のような口(口針)を持ち、イネから栄養豊富な篩管液などを吸汁して栄養を摂取します(写真)。イネの栄養を収奪するだけでなく、吸汁時にイネ萎縮病2)イネ黄萎病3)を媒介することにより、稲作に被害を与えます。
農研機構は、この虫の唾液に含まれるタンパク質を網羅的に解析し、イネを吸汁するために必要不可欠なタンパク質を発見しました。このタンパク質をコードする遺伝子(NcSP75)の働きを抑えると、ツマグロヨコバイはイネからうまく液汁を吸うことができず、幼虫の場合はほとんど成虫になれずに死亡し、メス成虫の場合は産卵数が約1/9に減少しました。この遺伝子の働きを抑えても、人工的に作った栄養液は吸うことができるので、NcSP75タンパク質はイネの液汁を吸うために必要であると考えられました。
これまでに、NcSP75タンパク質はこの害虫からしか見つかっていません。そのため、NcSP75タンパク質の作用を選択的に阻害することができれば、他の有益な昆虫等に影響しない新しい害虫防除技術の開発につながります。

関連情報

予算:JSPS科研費JP17K07685、運営費交付金

問い合わせ先など

研究推進責任者 : 農研機構 生物機能利用研究部門 研究部門長 朝岡 潔
研究担当者 : 同 昆虫制御研究領域 昆虫植物相互作用ユニット 松本 由記子
広報担当者 : 同 広報プランナー 高木 英典
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詳細情報

背景と経緯

ツマグロヨコバイ(図1)は、イネや、スズメノテッポウなどイネ科の植物を主な寄主とする吸汁性昆虫です。篩管液や導管液を吸ってイネから栄養や水分を摂取するだけでなく、病気(イネ萎縮病やイネ黄萎病)を媒介することにより、稲作に被害を与えます。国内における水稲の耕地面積は約148万haですが、平成28年度におけるツマグロヨコバイの発生面積は約45万haであり、のべ防除面積は約86万haに達すると見積もられています(農薬要覧、2017)。
これまでに、海外のイネから、ツマグロヨコバイに食害されにくい形質(抵抗性)に関わる遺伝子座が見つかっており、この遺伝子座を交配で導入した品種が日本で栽培利用されています。これらの遺伝子はいずれもツマグロヨコバイの吸汁を阻害し、イネへの病気感染も妨げます。現在のところ、野外でこれらの抵抗性品種を吸汁できるツマグロヨコバイが出現したという報告はありませんが、人工的に繰り返し選抜をかけることで抵抗性品種に適応できるツマグロヨコバイが出現した例があることは報告されています。このような抵抗性品種に適応した害虫の出現に備えるため、新たなツマグロヨコバイ抵抗性品種の作出や防除方法の開発が求められています。
ツマグロヨコバイは吸汁する際に、イネの内部に唾液を吐き出します。農研機構では、この唾液にイネからの吸汁を促す仕組みがあるのではないかと考え、その中に含まれる約70種類のタンパク質を網羅的に解析しました。その結果、イネからの吸汁に必要不可欠なタンパク質「NcSP75」を発見しました。

内容・意義

  • ツマグロヨコバイの唾液に含まれるNcSP75タンパク質(Nephotettix cincticeps salivary protein 75kDa, ツマグロヨコバイ唾腺タンパク質、分子量75kDa)は、ツマグロヨコバイが吸汁する際にイネ内部へ吐出されると考えられます。
  • RNA干渉法4)により、このタンパク質をコードするNcSP75遺伝子の働きを抑えると、ツマグロヨコバイが篩管液を吸う時間が半分以下に減少しました(図2)。
  • NcSP75遺伝子の働きを抑えると、ツマグロヨコバイの幼虫の成長は阻害され、メス成虫の産卵数は減少することがわかりました(図3, 4)
  • NcSP75遺伝子の働きを抑えても、人工的に作った栄養液は吸うことができ、生存日数に影響しません(図5)。そのため、NcSP75遺伝子はイネからの吸汁を成立させるために必要であると考えられました。
  • NcSP75遺伝子はツマグロヨコバイに特有なもので、ツマグロヨコバイと同様にイネを食害するウンカやアブラムシには類似の遺伝子が見つかりませんでした。

今後の予定・期待

NcSP75はツマグロヨコバイしか持たない特殊なタンパク質なので、この働きを選択的に阻害することができれば、ヒトや家畜、他の有益な昆虫等に影響しない、環境にやさしい害虫防除技術の開発につながります。

用語の解説

  • 篩管液 光合成で生産した養分を植物の体全体に輸送する通路が篩管で、篩管内の液を篩管液と呼びます。イネではショ糖 20%、アミノ酸 5%ほどが含まれます。

  • イネ萎縮病 イネ萎縮ウィルスによる病害。株が萎縮しコメの収量が低下します。

  • イネ黄萎病 植物性病原細菌ファイトプラズマによる病害。場合によってはイネを枯死させます。

  • RNA干渉法 (RNA interference, RNAi) 目的遺伝子の一部の配列の二本鎖RNAを注射ないし摂食させることで取り込ませ、その遺伝子の働きを抑制する手法。本研究では注射を行いました。二本鎖RNAと相補的な配列をもつmRNA(メッセンジャーRNA)が特異的に分解される現象を利用しています。

発表論文

  • Matsumoto, Y. & Hattori, M. (2018) The green rice leafhopper, Nephotettix cincticeps (Hemiptera: Cicadellidae), salivary protein NcSP75 is a key effector for successful phloem ingestion. PLOS ONE 13, e0202492.

  • Hattori, M., Komatsu, S., Noda, H., Matsumoto, Y. (2015) Proteome analysis of watery saliva secreted by green rice leafhopper, Nephotettix cincticeps. PLOS ONE 10, e0123671.

  • Matsumoto, Y., Suetsugu, Y., Nakamura, M., Hattori, M. (2014) Transcriptome analysis of the salivary glands of Nephotettix cincticeps (Uhler). Journal of Insect Physiology 71, 170-176.

参考図

図1 イネを吸汁するツマグロヨコバイ(メス成虫)
体長5-7ミリ。孵化後、1-5齢幼虫を経て成虫に羽化します。メスは100-200個の卵をイネ内部に産み付けます。
図2 NcSP75を抑制すると篩管吸汁が阻害される
NcSP75遺伝子の働きを抑えると、篩管吸汁時間が対照の半分以下に短縮しました。NcSP75遺伝子の抑制により、篩管吸汁が阻害されることが示されました。

図3 NcSP75遺伝子を抑制すると生存率低下・成長遅滞が起きる
3齢幼虫のNcSP75遺伝子の働きを抑えると生存率が下がり、成長速度も遅くなりました。 また、成虫になるまでにほとんどが死亡しました。

図4 NcSP75遺伝子を抑制すると産卵数が低下する
メス成虫のNcSP75遺伝子の働きを抑えてから交尾・産卵させたところ、NcSP75の働きを抑制したメスの4割以上は全く産卵せず、平均産卵数は対照の10.8%に減少しました。

図5 NcSP75遺伝子はイネを吸汁するために働く
NcSP75遺伝子の働きを抑えたツマグロヨコバイの生存日数は、イネを餌として与えた場合には対照よりも短くなりました(上図)。一方、人工飼料を与えた場合の生存日数は、対照と差がありませんでした(下図)。したがって、NcSP75はイネから吸汁する際に必要な遺伝子と考えられます。