開発の社会的背景
植物のウイルス病には有効な治療薬がないため、抵抗性品種の育成による予防が最も有効な防除手段になっています。抵抗性品種は近縁野生種などの遺伝資源からウイルス抵抗性を付与する遺伝子を導入することによって育成されますが、遺伝資源には限りがあるため、作物によっては有効な抵抗性遺伝子が見つかっていないウイルスが数多く存在します。
ダイズモザイクウイルス(SMV、写真1 )はダイズに感染すると収量や品質の低下を引き起こすため、古くからSMV抵抗性のダイズ品種が育成されてきました。しかし、これまで利用されてきたSMV抵抗性遺伝子を打破するSMV変異株が出現しており、変異株への対策が急がれます。新たな抵抗性遺伝子であるRsv4 は、SMV変異株を含む広範囲のSMVに対して有効なことが分かっていましたが、Rsv4 がどのような機能を持つタンパク質の設計図となっていて、どのようにSMVの増殖を抑制するのかは不明でした。
研究の経緯
農研機構ではダイズのゲノム情報を利用した品種開発システムの整備を進めており、DNAマーカーを使ったダイズ品種の育成と有用遺伝子の効率的な特定が可能になっています。そこで、本研究ではRsv4 遺伝子を特定し、さらにRsv4 がどのようにSMVの増殖を抑制するかの解明を目指しました。
研究の内容・意義
ダイズモザイクウイルス抵抗性遺伝子Rsv4 の同定
ダイズのゲノム情報とDNAマーカーを用いた
ポジショナルクローニング2) 、および突然変異体と遺伝子組換え体を用いた確認実験により、Rsv4 遺伝子を特定しました。これによってDNAマーカーを使った高精度育種選抜(写真2 )ができるようになり、他の抵抗性遺伝子との集積により、打破されにくいSMV抵抗性ダイズ品種の育成が期待されます。
Rsv4 遺伝子から作られるRsv4タンパク質は、これまでに知られているどのウイルス抵抗性遺伝子の産物とも異なり、RNAを分解する酵素(RNase H)に類似していました。多くのRNase HはDNAとRNAのハイブリッド二本鎖を分解する酵素です。ところが、Rsv4タンパク質の特性を調べたところ、二本鎖RNAを分解する新しいタイプの
二本鎖RNA分解酵素3) (dsRNase)であることが分かりました。
Rsv4タンパク質はSMVだけでなく、ウメ(ウメ輪紋ウイルス)、バレイショ(ジャガイモYウイルス、ジャガイモAウイルス)、カブ(カブモザイクウイルス)、インゲンマメ(インゲンマメモザイクウイルス)、ラッカセイ(ラッカセイ斑紋ウイルス)などの近縁ウイルスの増殖も抑えられることもわかりました。Rsv4によるウイルス増殖抑制効果は強く、発現させたRsv4タンパク質の量が十分であれば、実験室内の条件ではこれらのウイルスの増殖は完全に抑制されました。
二本鎖RNA分解酵素によるウイルス抵抗性機構
植物や動物などの真核生物は、ウイルスの二本鎖RNAを異物として認識して防御反応を誘導する免疫機構を発達させてきました。一方ウイルスは、この免疫機構から逃れるため、侵入した細胞の生体膜を乗っ取って複製のための場(
複製複合体4) )を作り、複製時の二本鎖RNAを包み隠すことが知られています。そのため、ほぼ全ての生物は二本鎖RNA分解酵素をもっているにもかかわらず、ウイルスゲノムはこれらの酵素に分解されることなく、ウイルスは増殖することができます。
二本鎖RNA分解酵素であるRsv4タンパク質がどのようにSMVの増殖を抑制しているかを調べました。その結果、Rsv4タンパク質はSMVのもつタンパク質と相互作用してSMVの複製複合体に入り込み、SMVの二本鎖RNAを分解することが判明しました(図1 )。この防御機構は、ウイルスゲノムに対する防御機構を発達させた真核生物と、そこから逃れるように進化したウイルスとの生存競争において、植物がさらにウイルスへの対抗策を獲得したものと考えられます。
研究チームは、Rsv4タンパク質の働きを模して二本鎖RNA分解酵素を複製複合体に送り込むことができれば、様々なウイルスの増殖を抑制できるようになると考えました。本研究では3種類の異なるウイルス(トマトモザイクウイルス、キュウリモザイクウイルス、カブモザイクウイルス)について、複製複合体に存在することが知られている植物由来のタンパク質に二本鎖RNA分解酵素を融合させた人工タンパク質を作製したところ、当該タンパク質を一過的に発現させた葉では標的とするウイルスの増殖が抑制されることが分かりました。
本成果により、植物自身が本来もっている2種類のタンパク質(二本鎖RNA分解酵素とウイルス複製に利用されるタンパク質)を利用することにより、様々な標的ウイルスの増殖を抑制する新たな抵抗性遺伝子が人為的に設計可能になりました。
今後の予定・期待
将来、作物のゲノムを自在に書き換え、生育環境や目的に合わせて品種をカスタマイズする時代が来るといわれています。そのためには、現在のうちからどのように遺伝子を改変すれば目的の形質や性質をもつ作物を開発できるか知識を蓄積することが必要です。本研究の成果により、様々な標的ウイルスに対して自在に抵抗性遺伝子を設計できるようになりました。現在抵抗性遺伝子が利用できない多くのウイルス病への対抗策として、ウイルス病の多発地域や新たなウイルスの侵入が警戒される地域に向けたカスタムメイド型のウイルス抵抗性植物の開発に取り組む予定です。
また本研究の成果により、ダイズモザイクウイルス抵抗性遺伝子Rsv4 のDNAマーカー選抜が可能になりました。今後は従来の抵抗性遺伝子を持つ品種への集積を進め、持続的なダイズモザイクウイルス抵抗性をもつダイズ品種を開発する予定です。
用語の解説
RNAウイルス
ウイルスは、ゲノムとしてもつ核酸の種類により、DNAウイルスとRNAウイルスに大きく分類される。RNAウイルスのうち、ウイルスの一本鎖ゲノムRNAがmRNAとして機能するものをプラス鎖RNAウイルスとよび、SMVはこれに含まれます。プラス鎖RNAウイルスのゲノムRNAは感染した細胞内で翻訳され、生じたウイルスタンパク質の働きによりオルガネラ膜上に複製複合体が形成されます。複製複合体では、ゲノムRNAを鋳型に相補鎖RNA(マイナス鎖RNA)が合成され、二本鎖RNAとなります。さらにマイナス鎖RNAを鋳型にゲノムRNAが複製される。このサイクルを繰り返すことにより、感染細胞内でウイルスゲノムは数十万~数百万にも増えます。
ポジショナルクローニング
多数のDNAマーカーと研究対象とする形質との遺伝的な関連性を利用し作成した遺伝地図をもとに、形質を制御する目的遺伝子の座乗するゲノム領域を絞り込んでいく遺伝子単離の手法。候補遺伝子は絞り込んだゲノム領域の塩基配列やアミノ酸配列を比較解析して特定します。
二本鎖RNA分解酵素
二本鎖RNAを分解する酵素でdsRNaseともよばれます。RNAを分解する酵素は生物に広く存在しますが、RNAの種類や構造に対する特異性が異なるため、様々なファミリーに分類されています。RNase IIIファミリーに属するタンパク質の多くが二本鎖RNA分解活性を示すことが知られていますが、Rsv4はこれとは異なるRNase Hファミリーに属する新しいタイプの二本鎖RNA分解酵素でした。
複製複合体
ウイルスゲノムRNAおよびRNAポリメラーゼを含み、感染した細胞のオルガネラ膜上に形成される複合体。膜が変形して細胞質から隔離されるため、ウイルスゲノムが複製される時の二本鎖RNAを植物の防御機構から隠していると考えられています。複製複合体の形成には、ウイルスのタンパク質だけでなく、感染を受ける細胞が元来備えている様々なタンパク質が利用されるが、ウイルスによって利用するタンパク質の種類は異なります。
発表論文
Ishibashi K, Saruta M, Shimizu T, Shu M, Anai T, Komatsu K, Yamada N, Katayose Y, Ishikawa M, Ishimoto M, Kaga A. Soybean antiviral immunity conferred by dsRNase targets the viral replication complex. Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-019-12052-5
参考図
写真1 ダイズモザイクウイルスが広がりモザイク症状を示すダイズの上位葉(左)と同じ植物体の下位葉(右) ウイルスが多く蓄積している部分の色が薄くなります。
写真2 ダイズモザイクウイルスを接種したダイズから収穫した種子 品種「エンレイ」に生じた褐斑粒(左)、交配とDNAマーカー選抜によりRsv4 を「エンレイ」に導入した系統の種子(右)。
図1 (1)Rsv4がない場合。ウイルスゲノム(青)は感染細胞内の防御機構から隠れて複製します。(2)Rsv4がある場合。Rsv4は複製複合体の中に入り込み、ウイルスゲノム(二本鎖RNA)を分解します。 (3)Rsv4を模した人工タンパク質による新たなウイルス防除法。ウイルス複製に利用されるタンパク質(HF)と二本鎖RNA分解酵素(dR)を融合することにより、複製複合体の内部に二本鎖RNA分解酵素を送り込むことができます。