プレスリリース
温室効果とオゾン層破壊をもたらす一酸化二窒素ガスの 発生を抑制する豚ぷん堆肥化技術を開発

情報公開日:2010年1月14日 (木曜日)

ポイント

  • 豚ぷんを堆肥化する過程で発生する一酸化二窒素ガスを、完熟した堆肥中に存在する微生物(亜硝酸酸化細菌)の働きで大幅に削減する技術を開発。
  • 堆肥化途中の豚ぷんに完熟堆肥を加えることで一酸化二窒素ガスの発生原因物質(亜硝酸イオン)を速やかに酸化し、一酸化二窒素の発生を平均で60%(最大80%)削減。

概要

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下、「農研機構」という。)畜産草地研究所【所長 松本光人】は、豚ぷんを堆肥化する際に発生する強力な温室効果ガスであり、オゾン層破壊物質でもある一酸化二窒素(亜酸化窒素、N2O)ガスの発生を、堆肥生産現場で容易に入手できる完熟堆肥を添加することで大幅に削減する技術を開発しました。

この技術は、豚ぷん堆肥化過程で生成される一酸化二窒素の発生原因物質である亜硝酸イオン(NO2-)を、完熟した堆肥に通常多く含まれる亜硝酸酸化細菌によって速やかに酸化して硝酸イオン(NO3-)にすることにより、一酸化二窒素ガスの発生を低減するものです。

試験では、完熟堆肥の無添加に比べて、一酸化二窒素ガスの発生が平均で60%、最大80%と顕著に削減されました。今後は、実用化のための実規模に近い堆肥化試験や、他の畜種ふん堆肥(牛・鶏)への適応可能性の検討などを予定しています。

予算

地球環境研究総合推進費(環境省)


詳細情報

社会的背景と研究の経緯

地球温暖化抑制のため、政府が意欲的な削減目標を掲げ、温室効果ガスの排出削減はますます重要な課題となってきています。京都議定書でも削減対象とされている一酸化二窒素(N2O)は、一分子あたりの地球温暖化係数が二酸化炭素の約310倍であり、最も影響の大きいオゾン層破壊物質でもあります。農業は最大の人為的一酸化二窒素排出源ですが、特に畜産における家畜ふん尿由来の寄与率は高く、全人為的排出量の65%が家畜ふん尿に由来するとの報告*もあります。最も一般的な家畜ふんの処理資源化法である堆肥化過程からも多くの一酸化二窒素が発生するため、早急な対策が必要ですが、現在まで有効な発生抑制手段はありませんでした。

これまでの研究から、豚ぷんでは、堆肥化の過程で、一酸化二窒素の生成の直接的な原因物質である亜硝酸イオン(NO2-) が長期間・高濃度に蓄積する場合があり、これが一酸化二窒素発生量を増大させている原因であると考えられました。そこで、亜硝酸イオンを酸化する亜硝酸酸化細菌を多く含む完熟堆肥を添加すれば、亜硝酸イオンの蓄積を速やかに解消して一酸化二窒素の発生を抑制できるのではないかと考え、検討を行いました。

*FAO, Livestock’s Long Shadow (2006).

研究の内容・意義

  • 技術のイメージを図1に示しました。堆肥化では初期に有機物が活発に分解されて温度が60°C以上まで上昇しますが、有機物の分解がほぼ終了して温度が下 がってくると、中温性菌(20~30°Cの環境を好む)であるアンモニア酸化細菌が増殖を開始し、タンパク質などの分解で生じたアンモニアを亜硝酸イオンに 酸化し始めます。しかし、豚ぷんでは、亜硝酸イオンをさらに硝酸イオン(NO3-)まで酸化する亜硝酸酸化 細菌の増殖が遅れるため、亜硝酸イオンが高濃度に蓄積する場合があります。亜硝酸イオンが存在すると一酸化二窒素が生成するため、結果として一酸化二窒素 の発生量が増加してしまいます(図1、上半分)。そこで、亜硝酸酸化細菌を豊富に含む完熟豚ぷん堆肥を添加すると、亜硝酸イオンが速やかに酸化され、一酸 化二窒素の発生量が大幅に減少します(図1、下半分)。亜硝酸酸化細菌は高温に弱いため、堆肥化の高温発酵が終了した後に添加する必要があります。
  • 亜硝酸酸化細菌を含む完熟堆肥を、高温発酵期の直後に重量比で1.5~10%添加することにより、一酸化二窒素の発生量を平均で60%削減することができました(図2)。
  • 完熟堆肥を添加することで未熟成の堆肥中の亜硝酸酸化細菌数を高めることができるため(図31)、堆肥中の亜硝酸イオンは速やかに酸化され蓄積されなくな ります(図32)。亜硝酸イオンの蓄積が解消されると、一酸化二窒素の発生も大幅に低減します(図33)。この試験では、無添加区に比較しガス発生量を 80%削減できました。

図1.一酸化二窒素ガスの発生を抑える豚ぷん堆肥化処理の概略図
図1.一酸化二窒素ガスの発生を抑える豚ぷん堆肥化処理の概略図

図2.豚ぷん堆肥化における一酸化二窒素ガス総発生量の比較
図2.豚ぷん堆肥化における一酸化二窒素ガス総発生量の比較
~無添加区の平均発生量を100とした場合~

*小規模堆肥化試験で得られた結果の平均(N=データ数) エラーバー:標準偏差
(数値%):原料中総窒素量のうち一酸化二窒素として揮散した窒素量の割合(平均値)

図3.豚ぷん堆肥化における堆肥中亜硝酸酸化細菌数(1)、堆肥中亜硝酸イオン濃度(2)、および一酸化二窒素ガス発生濃度(一定流量で換気をしている堆肥化試験装置からの排気中に含まれるガス濃度、3)の推移
図3.豚ぷん堆肥化における堆肥中亜硝酸酸化細菌数(1)、堆肥中亜硝酸イオン濃度(2)、および一酸化二窒素ガス発生濃度(一定流量で換気をしている堆肥化試験装置からの排気中に含まれるガス濃度、3)の推移
矢印:完熟堆肥の添加時点(第3週目) ppm:百万分率

今後の予定・期待

一酸化二窒素はフロン類に替わってオゾン層破壊の最大の要因になったことが最新の研究で明らかにされましたが、排出源の一つである家畜ふん堆肥化からの一酸化二窒素発生を削減できる本技術が広く利用されることにより、地球温暖化とオゾン層破壊の二つの環境問題の解決に貢献することが期待されます。

今後は、実用化のための実証試験を行うと共に、他の畜種ふん堆肥(牛・鶏)への適応可能性についても検討する予定です。

用語解説

一酸化二窒素(N2O)
温室効果ガスの一つ。産業革命以降、化石燃料の消費拡大や工業の発展、農業にあっては化学肥料の多投入や家畜飼養頭数の増加によって、大気中濃度は約20%増加し、現在も年0.3%の割合で増加している。地球温暖化への寄与率は6%。成層圏における一酸化窒素(NO)の主な供給源であり、一酸化窒素がオゾンと反応してこれを破壊することから、オゾン層保護の観点からも現在注目が集まっている。生物学的には、硝化作用の副産物か、または脱窒の中間代謝物として生成される(下図)。

一酸化二窒素用語解説図

アンモニア酸化細菌と亜硝酸酸化細菌
これらは硝化細菌と呼ばれる独立栄養細菌で、前者はアンモニアを亜硝酸イオンに、後者は亜硝酸イオンを硝酸イオンに酸化する。環境中の窒素循環の中で重要な役割を果たしている。アンモニアが硝酸イオンまで完全に酸化されるためには、この二種類の微生物群の共存・連携が必須となる。

堆肥化
家畜ふんなどの有機性廃棄物を微生物によって好気発酵処理 し、堆肥(コンポスト)を製造する技術。主役は好気性微生物であるが、家畜ふんは高水分で粘性も高く、そのままでは酸素が原料内部に供給されないため堆肥 化は進行しない。ワラやオガクズなどの水分調整材を混合して原料の通気性を確保した後に堆積すると、好気性微生物による有機物分解が活発に行われるようになり、発酵熱と堆積による保温効果によって堆積物内部温度は60°C以上まで上昇する(高温発酵期)。高温になることによって堆肥化の進行が促進され、また 病原菌や雑草種子を不活化できる。易分解性有機物の大部分が分解されて温度が上昇しなくなると、堆肥化は第二ステージである後熟期(中温発酵期)に移行する。後熟期では難分解性の繊維分の分解やアンモニアの酸化(硝化)、また土壌改良効果のある腐植酸の生成などが起こり、腐熟が進んで良質な有機質肥料に変 換される。

完熟堆肥
高温発酵期および十分な後熟期(中温発酵期)を経て得られた堆肥。亜硝酸酸化細菌を高密度に含有する場合が多い。