プレスリリース
(研究成果) 農業用水・農地等の整備事業の地域経済への波及効果と環境影響を簡便に評価するWEBツール

- 専門的知識不要で、総事業費など限られた情報だけで評価可能 -

情報公開日:2018年4月12日 (木曜日)

ポイント

行政機関やNPOなどが農業用水や農地等を整備する際の地域経済への波及効果や温室効果ガス排出量を評価・分析するWEBツールを開発し、本日公開しました。本ツールは産業連関分析に基づいていますが、対話形式により評価を行うため、ユーザーは専門的な分析手法について特段意識することなく、総事業費や事業工種などを入力するだけで評価を完了できます。本ツールは、経済効率性が高くより環境にやさしい事業の実施に役立ちます。

概要

農業農村整備事業1)」やその一環として行われる「小水力発電事業2)」を実施する際には、地域経済への波及効果(「経済波及効果3)」)や環境影響を定量的に評価し開示していくことが求められます。評価には専門的知識が必要であり、地方の行政機関やNPOなどが限られた人員で行うのは困難なため、従来は専門機関に外注されることがしばしばありました。そこで農研機構は、事業を実施する行政機関やNPOの実務者が、簡便にこれら事業の経済波及効果や温室効果ガス排出量をWEB上で評価できるアプリケーション「経済波及効果・環境影響評価ツール」を開発し、本日公開しました。
本ツールは産業連関分析4)に基づいていますが、対話形式により評価が進み、産業連関モデルの計算は自動的に行われるため、それらの評価手法に関する専門的な知識がなくても評価を完了させることができる点が特色です。評価に必要な情報はあらかじめデータベースとして組み込まれているため、ユーザーは総事業費や事業工種といった情報を入力するだけで評価が可能です。なお、データベースは都道府県間産業連関分析5)を基盤としているため、各都道府県の実情に応じた評価を行うことができます。
本ツールの利用場面として、例えば、複数の工法が選択可能な事業において、着工する前の計画段階で各工法の経済波及効果と環境影響を定量的に比較検討できます。このように、経済効率性が高くより環境にやさしい事業の実施や運用に役立てることができます。

<評価ツールURL> http://kinohyoka.jpより「経済波及効果・環境影響評価ツール」を選択
<関連情報> 予算:科研費 基盤研究(B)(特設分野研究) 16KT0036(2016-2018)/戦略的イノベーション創造プログラム(内閣府)「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術」(2014-2018)


詳細情報

開発の社会的背景と経緯

「農業農村整備事業」やその一環として行われる「小水力発電事業」は、我が国の食糧生産に不可欠な農業用水や農地を確保するために、農林水産省や都道府県・市町村などの行政機関や土地改良区などによって実施・運営されています。事業を実施する際には、農業や建設業に対する効果だけでなく、事業の経済波及効果や温室効果ガス排出量を定量的に評価・開示することが求められます。しかし、評価には経済モデルや環境影響評価などの専門的知識が必要であり、地方の行政機関やNPOなどが限られた人員で行うのは困難なため、従来は大学など専門機関に外注することがしばしばありました。
そこで農研機構では、行政機関やNPO等の実務者が、自ら簡便に事業の経済波及効果や環境影響を評価できるツールを開発しました。

研究の内容・意義

行政機関やNPOの実務者が簡便に事業の経済波及効果や温室効果ガス排出量を評価・分析できるWEBツール「経済波及効果・環境影響評価ツール」を開発し、本日WEB公開しました(http://kinohyoka.jp)(図1)。登録不要、無料で利用できます。また、本ツールは、広く専門家に認められた分析手法(都道府県間産業連関分析)に基づいた分析結果を提供するものです。

開発したツールの特長

  • 農業農村整備事業や小水力発電事業について、簡便に事業の経済波及効果(生産誘発額、付加価値誘発額、雇用誘発者数)と温室効果ガス排出量を推定できます(表1)。
  • 対話形式のデータ入力により評価が進み、産業連関モデルの計算は自動的に行われるため(図1a)、産業連関分析の専門知識がなくても使えます。
  • 分析に必要な情報をあらかじめツールの中に組み込んであるため、例えば建設事業の都道府県レベルの波及効果を分析・評価する場合、1)都道府県名、2)総事業費・用地補償費、3)事業工種を入力するだけで分析できます(図1b)。
  • また小水力発電事業については、建設事業に加え、事業の運用段階の分析も行えます(図2)。
  • 建設事業について、当該事業地区の工法をより詳しく反映した波及効果を計測したい場合は、ユーザー自身が調査した産業部門別の投入額(コンクリート、鉄鋼、...等)を入力して計算するなど、柔軟な分析を行うことが可能な仕組みとしています(図2)。
  • 都道府県間産業連関分析を基盤としており、各都道府県の実情に応じた分析が行えます。さらに、都道府県レベルだけでなく、事業を実施する市町村レベルの波及効果6)も分析できます(図2)。

今後の予定・期待

利用マニュアルを兼ねた本ツールの解説記事を、農研機構研究報告(農村工学研究部門)第2号に掲載します。現在暫定的に同記事の原稿ファイルを本ページ、およびWEBツールの公開ページに掲載しています。
本ツールの利用により、ある事業について複数の工法を選択できる場合、着工する前の計画段階で各工法の経済波及効果と環境影響を定量的に比較検討することが可能です。このように本ツールは、経済効率性が高くより環境にやさしい事業の実施や運用に役立てることができます。
また本ツールは、国や県が、農業農村整備事業の事後評価(建設事業完了後の評価)や広報活動を実施する際の情報の一つとして活用したり、土地改良区などが、自らが運営する小水力発電施設における温室効果ガス排出削減効果を簡便に計算し、事業をアピールする際の根拠を示したい場合に活用できます。

用語の解説

1)農業農村整備事業
農林水産省や都道府県などが主体となって実施され、農地の保全・開発や農業用水の供給を担う水利施設(ダム・用水路など)の整備、あるいは農村の生活環境の整備などを行う公共事業のことです。農業農村整備事業の工種のひとつとして、小水力発電施設が建設されることもあります。事業完了後の施設の運用は、耕作者等によって構成される土地改良区が担うことが多いです。

2)小水力発電事業
本ツールでは、最大出力3万kW未満の水力発電のことを指し、うち1千?3万kWを「小水力」、1千kW未満を「マイクロ水力」と分類しています。このような小規模の水力発電施設は、農業用ダム・用水路や上下水道など、既存の水利施設に併置されることが多いです。

3)経済波及効果(地域経済への波及効果)
狭義では、「生産誘発額(後方連関効果)」(ある最終需要が生じたときに、その需要を支えるために、経済全体で必要となる生産増加額)のことを指しますが、ここでは、それに加えて、「付加価値誘発額」(生産誘発額のうち付加価値分)や「雇用誘発者数」(生産誘発に伴って創出が期待される雇用者の数)、さらに「所得連関効果」(家計の所得・消費の増加を通じた波及効果)も含めた意味で用いています。
なお、公共事業の効果算定(事前評価)にあたっては、費用対効果比の算出を最終目的として、作物生産効果や営農経費削減効果などの計算が行われますが、これらは、主にミクロ経済学的手法および農学・工学などの技術的知見をもりこんだ分析であり、本ツールはこれら効果の計算を行うものではありません。すなわち、本ツールで扱う「経済波及効果」とは、あくまで産業連関分析(マクロ経済学的手法の一つ)に立脚した評価であり、上記の費用対効果比算定の根拠となる各種の効果とは同列に扱えない、独立した評価項目であることに留意ください。

4)産業連関分析
地域経済全体を複数の産業部門に分割し、それら部門間の取引を総合的にとりまとめた「産業連関表」を基盤とする一連の分析手法のことです。上記3)で述べた経済波及効果を評価するのに用いられ、さらに、環境影響に関するパラメーターを導入することによって、温室効果ガス排出量などを評価することも可能です。

5)都道府県間産業連関表(分析)
47都道府県それぞれの県内の部門間取引に加えて、都道府県間にまたがって行われる取引(移入・移出)も網羅して取りまとめられた産業連関表、あるいはそれを用いた分析手法のことです。

6)市町村レベルの波及効果分析
オプションとして提供される市町村レベルの分析については、利用可能な統計資料が限られるため、市町村の域内所得比に基づいて当該県への波及効果を按分する、簡略化された手法(地域シェア法)を用いています。そこで、分析の精度を高めるため、初期投資額のうち当該市町村に波及する割合をユーザーが指定できるようにしています(図2)。

発表論文

参考図