社会的背景と研究の経緯
米の消費量が減少するとともに米価は下落し続けており、稲作農家からは低コストな水稲の生産技術が求められています。また、農家の高齢化も進んでおり、重い苗箱の運搬が必要な移植栽培は労働負荷が大きく、省力化も重要な課題となっています。このような状況において、水稲の省力・低コスト栽培技術として直播の栽培面積が増えてきていますが、収量が移植栽培より1割低下する事例が多いために玄米60kg当たりの生産費は移植栽培よりも低下しないという問題がありました。また、移植栽培で使用されている一般品種を直播栽培すると倒伏しやすいという問題点がありました。
東北農研は、一般品種の直播栽培で多く発生する倒伏の問題を解決するために、2006年に、倒伏に強く、多収で、食味のよい「萌えみのり」を育成しました。
一方、農研機構近畿中国四国農業研究センターでは、土の中に播種するそれまでの直播と異なり、鉄粉を種子にコーティングして(写真1)土の表面に播種する鉄コーティング直播栽培技術が開発されました。この技術は、表面播種のため出芽が安定し、コーティング資材費が一般的に使われている過酸化石灰資材より安く、播種専用機以外でも播種できるため低コストです。さらに、コーティング種子は数ヶ月ほど保存できるほか、従来の直播で問題であったスズメなどによる鳥害に強いという特徴もあります。しかし、通常の直播栽培よりも倒伏しやすいという欠点があります。
そこで、「萌えみのり」を鉄コーティング直播で栽培することにより、倒伏しにくい(写真2)、水稲の低コスト生産技術を開発することとしました。
研究の内容・意義
- 東北農研では、2007年から、東北地域の農家圃場で、乗用管理機や産業用無人ヘリコプターによる鉄コーティング種子の散播栽培の試験(現地試験)を始めました。その結果、3年間の平均で619kg/10aという主食用品種の直播栽培としては高い全刈収量を安定して得ることができました。この収量は、一般品種の移植栽培に匹敵するものです。また、直播栽培で問題となる倒伏も、一般品種の移植栽培より小さくすることができました。10aあたり労働時間は約6時間で(全国において15ha以上を経営する稲作農家における2009年統計値の42%、図1)、玄米60kgあたり生産費は約7,000円(同統計値の81%、図2)となりました。
- この現地試験で得られたデータや栽培技術のノウハウを基に、このたびマニュアルを作成しました。東北地域において、通常の過酸化石灰資材を用いた直播栽培のマニュアルは多くの県で作成されていますが、鉄コーティング直播栽培のマニュアルはまだ少ないのが現状です。本マニュアルにより、「萌えみのり」の鉄コーティング直播栽培が安定してできるようになり、その普及が進むことが期待されます。技術導入の検討資料としても役立ちます。
- 本マニュアルは東北農研のウェブサイトからダウンロードすることが可能です。
http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/024281.html
また、冊子体をご希望の方は東北農研情報広報課へFaxまたはE-mailでお申し込みください。
Fax:019-643-3588 E-mail:
今後の予定
本マニュアルは、普及事例等を追加し、毎年改訂していく予定です。また、コーティング作業等をより理解しやすいように、ビデオマニュアルを作成する予定です。
用語の解説
倒伏
作物の穂などが稔って重くなった時に、風雨等により作物が倒れてしまうことです。収量や品質が低下するだけでなく、収穫作業の能率が低下します。
過酸化石灰資材
土の中に播種をする通常の直播において、イネの種子にコーティングすることにより種子周辺の土壌の還元を防ぎ、酸素を発生させて出芽を促進する資材です。
産業用無人ヘリコプター
農薬散布に用いられる無線操縦のヘリコプターです。1台約1,000万円の高価な機械ですが、2011年度の機体登録台数は全国で2,447台、東北地域で613台であり、広く普及しています。夏季に農薬散布のために使用されることが多く、春の播種時期にはあまり活用されていません。
全刈収量
農家と同様のコンバインで水田全体を収穫し、出荷した量をもとに計算する面積当たりの収穫量のことで、農家の実際の収量に近い値です。通常、一坪の面積を何ヶ所か手で刈って調査する坪刈収量より約1割程度低い場合が多いです。