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農研機構の若手研究者5名が日本農学進歩賞を受賞

農林水産業の発展に資するために、農学の進歩に顕著な貢献をした若手研究者(40歳未満)を表彰する。これが財団法人農学会の「日本農学進歩賞」だ。平成29年度(第16回)は農研機構の研究者5名*を含む10名の研究者が受賞する。ひときわ存在感を示した農研機構の若手研究者と研究成果。大きく育って農業発展の原動力となってほしい。授賞式は11月24日(金曜日)に東京大学で行われる。

*元農研機構の研究者を含めると7名

農研機構の受賞者および研究業績(一部) *敬称略、五十音順

石橋 和大(かずひろ) (生物機能部門 主任研究員)

ウイルスに対する植物の抵抗性機構に関する研究

石橋研究員はトマトモザイクウイルス(ToMV)抵抗性遺伝子(Tm-1)を同定し防御メカニズムを調べた。多くの抵抗性遺伝子は植物の防御反応を誘導することでウイルス抵抗性を与える。しかし、Tm-1遺伝子産物(Tm-1)は、ウイルスの複製を担うタンパク質に結合し、ウイルス複製自体を阻害するものだった。この新たな防御メカニズムの解明はウイルス病から農作物を守る新戦略につながるかもしれない。

トマトモザイクウイルスの複製タンパク質とTm-1の複合体構造

多胡(たご) 香奈子(かなこ)(農業環境センター 主任研究員)

農耕地における農薬・窒素動態に関わる土壌微生物の新機能解明

有機リン系農薬(殺虫剤)の連用により農薬分解菌が土壌で増殖し、さらに害虫(カメムシ)の体内に入り共生することで害虫が農薬耐性化する。多胡研究員が発見した抵抗性化プロセスは対抗戦略検討上重要だ。
農耕地からは温室効果ガスである一酸化二窒素(N2O)が排出されている。多胡研究員は、顕微鏡を見ながら直接単細胞分離する新手法を用いて、N2O排出削減技術に適用可能な菌株の分離に成功した。

土壌微生物の培養実験の様子

中井 美智子(みちこ) (本部 主任研究員)

ブタの卵細胞質内精子注入技術の確立と応用

精子を卵細胞内に直接注入し授精させる技術(ICSI)が注目されている。家畜の遺伝資源の保存と利用を通じて畜産の発展を支える技術だ。中井研究員は体外成熟卵を用いたICSIでの子豚の作出に世界で初めて成功した。しかし、豚ではICSI後の受精や胚発生効率は低い水準であり、これを改善する鍵が卵の活性化誘起であることを示した。豚におけるICSI技術の確立に向けた研究はさらに続く。

ICSIにより授精させた体外成熟卵子を仮親豚の子宮に移植して得られた世界で初めての子豚

南川(みなみかわ) 和則(かずのり) (農業環境センター 主任研究員)

水田水管理を例とした温暖化暖和策の社会実装に向けた方法論開発

水田からはメタンなどの温室効果ガスが排出されている。これを削減する水管理技術(中干し等)を国内外で普及させるための研究を行っているのが南川研究員だ。市場経済のみでは普及しにくい本技術は政策的取組も期待される。そのためMRV(測定・報告・検証)実施ガイドラインを開発した。また、自発的取組が期待できるナノバブル水を用いた水管理を考案し、常時湛水水田でのメタン排出削減に成功した。

水田からの温室効果ガス測定

八木 雅史(まさふみ) (野菜花き部門 主任研究員)

カーネーションのゲノム研究と育種への利用

八木研究員は、カーネーションのゲノム解析基盤の構築、花き品目では世界初のカーネーションの全ゲノム解読を先導した。さらにゲノム情報を活用して実用品種を作出した。日本の暖地でのカーネーション栽培上最も重要な病害である萎凋(いちょう)細菌病に対して、世界初の抵抗性実用品種「()(れん)ルージュ」を育成した。県との連携も重視し、日持ち性の優れる「カーネ愛農1号」を愛知県と共同育成し、普及が進みつつある。

萎凋細菌病抵抗性カーネーション
「花恋ルージュ」

元農研機構の受賞者および研究業績(一部) *掲載希望者のみ

二橋(ふたはし) 美瑞子(みずこ)(茨城大学 理学部理学科)

昆虫体色を司る色素合成経路の研究と遺伝子組換え体判別への応用

昆虫の体色は、擬態など重要な機能を持つが、関係する色素の合成メカニズム等不明な点が多い。二橋研究員は、カイコを用いた研究から、赤系の色素であるオモクローム色素の重要な合成遺伝子を同定し、卵色で遺伝子組換え体を判別する遺伝子マーカーを開発した。さらに、黒いメラニン色素の合成を抑制するBm-aaNAT遺伝子を用いた幼虫体色マーカーの開発にも成功した。いずれも、現在主流の蛍光遺伝子マーカーで使用する高価な蛍光顕微鏡を必要としないという利点がある。幅広い昆虫種での活用と、昆虫の遺伝子組換え研究の加速が期待される。

Bm-aaNAT遺伝子を強制発現させたカイコ幼虫(矢印)の体色変化