前の記事 目次 研究所 次の記事 (since 2000.05.01)
情報:農業と環境 No.63 (2005.7)
独立行政法人農業環境技術研究所

資料の紹介: 土と肥料の講話 「地息」、全国農業協同組合連合会 肥料農薬部 東京肥料農薬事業所 (2004)

専門的な情報を、一般の方々にわかりやすく解説することは難しい。しかし、今ほどそうした努力が研究者に求められている時代はないだろう。この冊子は、国、県、そして独立行政法人の試験研究機関で土壌肥料関係の研究に従事し、現在、JA全農に勤務する筆者(元・当所職員 樋口太重氏)が、土と肥料に関わる研究成果や問題点などを、一般の方々にわかりやすく解説したものである。

JA全農では、「土の健康」を診断できるようにと「健康な土づくりと施肥改善運動」を進め、施肥診断技術者講習会を開催しているが、この冊子は、そうした講習会の内容を補足するものとしても利用されているとのことである。もとの原稿は情報誌に連載したものだそうで、各セクションを拾い読みしても、内容は十分に理解できるように整理されている。教科書的な記述もあるが、経験豊富な著者ならではの貴重な圃場試験のデータもさりげなく紹介されている。たとえば、水稲のカドミウム吸収を抑制するためには水田を出穂前後3週間ほどしっかり湛水することが必要であるが、湛水期に足跡のしっかり残る水田(土壌水分が多く、柔らかい土壌)ほどカドミウムの吸収を抑制できることを、水田土壌の足裏感覚(足跡が残るかどうかの程度)から説明した図は興味深い(「湿田化と秋落ち」)。

「回流から土の健康を考える」では、「回流」というキーワードを用い、土の中の空気・養水分の動きを人間の血液循環に模して解説している。有機物施用に関わるさまざまな圃場試験のデータを示しながら、「回流速度とその広がりが大きい土壌ほど健康な土である」と述べている。実際に畑で作物や野菜を栽培した経験のある者の感覚にぴったりとする結論である。このセクションの冒頭で、筆者は、「伝統的な農村風景は人々の心を和ませます。筆者の好む農村風景のひとつに朝の雨上がりの畑があります。(略)たっぷりと水分を含んだ畑では、太陽熱によって暖められた土からの白煙のような蒸気がゆらゆらといっせいに立ち上がります。(略)これが、現場で観察できる回流の実態であり、筆者はかつて、その白煙が黒ボク土の有機物連用圃場で多いことを観察しています」と述べている。そして、そうした風景を見事にとらえた前田真三氏(北海道美瑛町の美しい写真で著名な風景写真家)の写真に言及する。その写真のタイトルは「地息(じいき)」。この資料のタイトルは、そこからとられており、言及されている写真は冊子の表紙を飾っている。

全体を通じて、興味深いエピソードとユーモアにあふれている。また、各章のタイトルに付けられた「診る」「繕う」「育む」「確かめる」といった言葉の端々にも、筆者の土と農業に対する強い愛情が感じられる。この冊子はJA全農 肥料農薬部 東京肥料農薬事業所より入手可能である。

目次

まえがき

I  土の形態を診る

(1) 土の小宇宙 (2) みえるもの、みえないもの (3) 変わるもの、変わらないもの (4) 土のなかの生きものたち (5) 土の色

II 土の機能を探る

(1) バラツキ (2) プラスとマイナス (3) 緩衝力 (4) 水を科学する (5) 微生物による高分子化合物の分解

III 水田を繕う

(1) 水田の還元過程と施肥 (2) 低品質米 (3) 湿田化と秋落ち (4) 水田の漏水と管理 (5) 可給態窒素の迅速測定と基肥窒素診断

IV 土の健康を育む

(1) 団粒形成 (2) 団粒形成と有機質資材の選択 (3) 「回流」から土の健康を考える (4) 塩類集積土壌 (5) リン酸の過剰蓄積をめぐって

V  作物生理を握る

(1) 発芽 (2) 白米を蒔いても芽が出ない (3) 野菜の直播きと移植について (4) 除草剤と微量要素

VI 肥料・資材を綾なす

(1) 肥料はたべられますか (2) 肥料の溶解性と養分吸収 (3) 施肥と土の酸性化 (4) ぼかし肥料 (5) ゼオライトの土壌施用 (6) 稲わらの分解と施肥窒素の行動 (7) 家畜糞の分解とアンモニアガスの発生 (8) ゼオライトを用いた家畜尿の肥料化

VII 安全・安心を確かめる

(1) 野菜の硝酸性窒素 (2) 農業とカドミウム (3) ダイオキシン類 (4) 被覆肥料の皮膜の分解性 (5) 農産物の信頼性 (6) 有機農産物の栽培上の問題点

VIII 肥料・農業を定める

(1) 窒素の循環と工業的固定 (2) 肥料と食料の供給 (3) 栄養生理とアグリ・バイオ (4) 生産性至上主義と土のひずみ (5) 地球温暖化と農業

IX 土に寄せて

(1) 東三河の試験場を訪ねて (2) 天狗の麦飯 (3) 沈黙の土と雑草 (4) 魅せる「どうして?」、沿える育力 (5) 調和のとれた施肥

前の記事 ページの先頭へ 次の記事