近年、農村のもつ豊かな自然環境や美しい田園風景への関心が高まり、農村の魅力が再評価されている。過疎による農村文化の衰退、土地利用変化による景観や生物多様性の喪失などが問題とされるが、それらの基盤となってきた重要な地域資源である農地や農業用水の荒廃については、あまり注目されてこなかった。
平成16年3月に、農林水産省が設置した「農村の地域資源に関する研究会」の中間取りまとめ (http://www.maff.go.jp/j/study/other/tiiki_sigen/cyukan/index.html) (ページのURLが変更されています。2015年1月) が公表された。本書は、この研究会における議論の内容をもとに、委員である3人の著者がそれぞれの持論を付け加えながら書きおろしたものである。著者のひとりである高橋 弘氏は、平成17年3月まで農業環境技術研究所の非常勤監事をつとめられていた。
本書は、「農地」、「農業用水」、「環境」、「有機性資源」、「農村コミュニティ」について、それぞれの特徴と多様な役割を解説し、今後の農村の地域資源(ふるさと資源)の保全と利活用について提言している。これらのふるさと資源は、安全・安心な食料の供給だけでなく、生態系の形成と保全、景観や生物多様性の維持、健全な水や物質の循環、国土の保全などに重要な役割を果たしている。だが、長い歴史のなかで形成・維持されてきたものであるため、他の場所に動かすことはできず、また、いったん崩壊すると復元には多大の時間と経費がかかる。
現在、国内農家数の減少と耕作放棄地の増加が進み、農業水利施設の機能の低下も心配されている。また、農産物貿易分野の国際化の進展などの影響をうけ、生産性と効率性を重視する市場原理が優先されたことにより、環境への負荷が増大している。
第3章では、欧州連合(EU)の農村政策が紹介されている。わが国の「中山間地域等直接支払制度」はEUの「条件不利地域政策」に相当する。日本とEUの農村地域には共通する特性があり、どちらも農業・農村の多面的機能を重視して、生産効率で劣る中山間地(条件不利地域)を保全する政策を進めている。気候条件や土地利用などが異なるためEUの政策をそのままわが国にあてはめることはできないが、参考にすべき点が多くある。
第4章では、効率的な農業の推進と積極的な環境保全とを両立させるためには、国民的なコンセンサスを得る必要があることが述べられ、そのためのさまざまな取組みが紹介されている。第5章では、「読者へのメッセージ」として将来への展望が語られる。
目次
はじめに
第1章 今、なぜ「ふるさと資源」なのか
ふるさと資源の荒廃 / ふるさと資源をとりまく情勢 / ふるさと資源のレーゾン・デートル / ふるさと資源の再生に向けて
第2章 ふるさと資源 利活用の展開
第1節 ふるさと資源とは何か
ふるさと資源の多様性と土着性
第2節 農地
農地の変遷と現状 / 農地は多様な役割を有す / 高生産性資源のストック化 / 耕作放棄地の増加 / 集落機能の低下と管理の不徹底 / 地域連帯による農地の保全 / 多面的機能の発揮に向けた土地利用上の配慮
第3節 農業用水
歴史的ストック / 日本型コモンズ / 農業用水と現代農業 / 農業用水と現代社会
第4節 環境
自然環境と景観の保全 / 環境負荷の低減 / 環境機能発現への多様な取組み / 環境機能発現の先進事例
第5節 有機性資源
有機性資源とは / 有機性資源の意義 / 有機性資源の問題点 / 欧州の事情 / 有機性資源の将来
第6節 農村コミュニティ
無形の農村地域資源 / 定住社会としての農村コミュニティ / 変わる農村コミュニティ
第3章 ヨーロッパのふるさと資源
条件不利地域農業の保全 / 農業環境政策の新たな動向 / 農村の計画的な土地利用 / 農村へのアクセス保証
第4章 ふるさと資源の制度と政策
第1節 政策化への検討経緯
第2節 ふるさと資源の保全政策のあり方
農業の生産性向上と環境保全 / わが国独自の新たな施策を / 直接的な支援の必要性 / 将来のあるべき姿
第3節 ふるさと資源の保全政策の展開
新たな政策理念の必要性 / 新たな施策の展開に向けて
第4節 新たな政策展開の視点
第5節 国民的なコンセンサスづくり
第5章 近未来のふるさと資源−読者へのメッセージ
現代社会とふるさと資源 / 農村と都会の対話 / 未来に生きる過去
農村の地域資源に関する研究会 委員名簿