さる3月6日、農業環境技術研究所において、第22回気象環境研究会が開催されました。参加者数は139名で、国および独立行政法人の研究機関から34名、地方公共団体から34名、民間から5名、大学から31名、行政から1名、そして農業環境技術研究所から34名が参加しました。
(開催趣旨)
植物はさまざまなガスを吸収したり放出したりするだけでなく、土壌と大気の間のガスの移動経路にもなっています。たとえば、植物の生育に必要なCO2(二酸化炭素)とH2O(水)は植物の気孔を介して固定あるいは放出され、温室効果ガスの一つであるCH4(メタン)は水稲の体内の通気組織を介して茎の割れ目などから大気へ放出されます。こうした植物のガス交換機能により、植物は大気環境の変化の影響を受けるとともに、大気組成の変化に影響を及ぼしています。そのため、植物と大気のガス交換の量や交換の過程を、圃(ほ)場、地域、全球のスケールで明らかにすることは、農業環境における炭素・窒素・水の循環を解明するうえで、きわめて重要です。
この研究会では、CO2、CH4、窒素化合物と水について、土壌圏と大気圏を媒介する植物の役割に焦点をあてました。群落や圃場のレベルでのガス交換の実態と、植物によるガスの吸収と大気への放出に関わる環境応答機構について多角的に論議することにより、ガス交換を定量的に評価する手法の開発に関する研究方向を探りました。
(講演者と講演題目)
1.微気象学的測定によるCO2、CH4フラックス観測
間野 正美 (農業環境技術研究所)
2.水稲群落光合成の測定とモデル化
酒井 英光 (農業環境技術研究所)
3.CO2の葉内拡散と吸収メカニズム
寺島 一郎 (大阪大学大学院理学研究科)
4.気孔の環境応答
近藤 矩朗 (帝京科学大学理工学部)
5.植物体内の水の移動−根細胞膜のアクアポリンから葉の気孔まで−
村井 麻理 (東北農業研究センター)
6.水生植物による大気へのCH4放出機構
野内 勇 (農業環境技術研究所)
7.水田生態系からのCH4放出過程のモデル化
麓 多門 (農業環境技術研究所)
8.植物はNH3の放出体か吸収体か
林 健太郎 (農業環境技術研究所)
9.農耕地におけるN2O発生と作物との関係
西村 誠一 (農業環境技術研究所)
(論議の内容)
講演1では、CO2のフラックスを光合成と呼吸量、土壌微生物呼吸量に分離して解析し、水田生態系の炭素利用効率(純一次生産量/総光合成量)が60%前後と一定になることが示されました。
講演2では、精度のよい大気CO2濃度および高CO2濃度増加のチャンバー実験によって得られた群落光合成データを用いて、個葉の純光合成速度のFarquharの生化学モデルを基礎として群落に積算した群落光合成モデルの妥当性が確認されました。
講演3では、細胞間隙(かんげき)から葉緑体ストロマまでのCO2抵抗が細胞壁の厚さに比例し、細胞間隙に接して並んだ葉緑体の表面積の積算値に反比例することから、内部抵抗の種間差を説明できること、水輸送を担うアクアポリンがCO2の拡散に関与しており、その量や活性が内部抵抗にも影響すること、陽葉が陰葉よりなぜ厚いのかなど、豊富な知見が紹介されました。
講演4では、光やさまざまなストレスに対する気孔の応答のしくみが、青色光、アブシジン酸、表層微小管から解説されました。
講演5では、植物の通水コンダクタンスは地温に依存して変化し、低温で低下すること、その低下は生体膜の水透過率の低下であり、その低下はアクアポリンに調節されていることが報告されました。
講演6では、分子拡散と加圧化・負圧化とに起因するマスフローによる水生植物のガス輸送機構が紹介されました。
講演7では、水田生態系におけるメタン生成・分解・移動が、DNDCモデルにより明確に示されました。
講演8では、植物は基本的にNH3の吸収体であるものの、気孔内のNH3補償点と外囲大気のNH3濃度によっては放出体にもなりうることがレビューされました。
講演9では、開花期や登熟期に発生するN2Oのピークは根の老化・枯死による易分解性の炭水化物の供給が原因であることと、植物の蒸散流に乗ったN2Oの放出や、植物体内での硝酸還元に伴うN2Oの生成など、植物がN2O放出にかかわりをもっていることが示されました。
参加者からは活発な質疑があり、講演者から的確な回答がなされました。