近年の中国とインドの経済成長は目ざましい。一方、両国における人口増加、石油資源の大量消費、経済発展にともなって大気汚染、水質の悪化などさまざまな影響が生じてきており、地球規模での問題となっている。このたび発行された「地球白書2006−07」では、「中国がインドとともに、急速に地球上の大国となりつつある」との認識のもとに、第一章でこの両国に焦点をあてている。
19世紀から20世紀にかけて「眠れる国」であった中国とインドの経済成長は急速で、世界人口の40%を占める二国を「世界経済よりもっと大きな世界の生物圏という空間でとらえても地球規模の大国」と表現している。インドではハイテク産業、中国では低コストに支えられる製造業が成功の基盤であるが、そこに至るには両国が数十年にわたり高度な教育投資を行い、毎年、アメリカを凌(しの)ぐ科学者、技術者を輩出していると特筆している。しかし、両国とも自然資源は豊富でなく、石油輸入への依存が高く世界的な石油高騰の原因にもなっており今後のエネルギーシステムの構築に向けて課題が多い。
また、所得の伸びとともに中国、インドでの穀物消費量は増加の一途であり、1999年以降、穀物在庫量が落ち込んでいる。地下水の枯渇が生産量拡大を阻み、急激な都市化や工業の発展が水や農耕地の確保を危うくしている。そして、炭素排出量の増加、森林の消失、種の絶滅など地球規模での負荷が、生態系が本来もっている土壌侵食防止、気候安定、洪水抑止などの能力を蝕(むしば)んでいると指摘している。
このような中国とインドの台頭で、さらに悪化の方向にある地球環境問題をどのように解決すべきか。本書では、中国、インド、アメリカの三大国が、「持続可能な世界経済の構築を目指し、・・・大国間の新たな自滅競争を避け、力を合わせてよりよい未来を創造するという特別な責任を負っている」としている。さらに、脱化石燃料社会への取り組み、肉中心の食生活への過度な傾倒を避けること、各国の異文化交流の促進などに努力することも重要である。
第二章以降は、BSE・鳥インフルエンザの発生、水資源の悪化による生態系の破壊、水銀の拡散など実態を解析し、その解決方法を示している。また、ナノテクノロジーなど新たな技術開発のメリット、毒性リスクなどによるデメリットを提示し、特に、ナノテクノロジーについては「知的財産権を含めた社会的および倫理的問題も幅広く取り上げ、誰がナノテクを管理するのか、誰がその恩恵に与るのか、誰がナノテクが社会へ及ぼす将来的影響を判断する役割を担うのかを討論すべき」と、広い視野にたって今後を考察している。最終章で、地球上の生態系の劣化が進行しており、この21世紀には持続可能な社会の構築には企業の主導的役割と責任がきわめて大きいと結論している。
目次
はじめに
環境界の一年間の主要動向
第一章 中国・インド―地球の未来を握る新超大国
◆世界にインパクトを与える両国の台頭
◆エネルギーの未来を選択する
◆世界の穀物市場への影響力が増している
◆生態系の容量を超えつつある環境問題
◆判断を迫られる経済の新しい形
◆世界の検討課題を再考する
第二章 BSE・鳥インフルエンザ―工場式畜産の実態
◆一世紀前の食肉『ジャングル』の再現
◆食べる人たちが知らない、知ろうとしない解体工程
◆大量のトウモロコシ、大豆、魚、水から大量の糞尿を
◆蔓延する病気
◆家畜への思いやりを深める
第三章 川と湖―生態系を守ることが水を守る
◆環境ダメージを評価する
◆健康な流域が安全な飲み水を育む
◆フード・セキュリティーは生態系のセキュリティーにかかっている
◆リスクを減らし、自然の回復力を維持する
◆二一世紀の水政策を導入する
第四章 バイオ燃料―再生可能な石油代替エネルギーを開発する
◆蒸留工場からバイオ精製所へ
◆環境リスクと環境効果
◆燃料開発
◆バイオ燃料の将来
第五章 ナノテクノロジー―夢の技術の開発は市民権を得てから
◆ナノテクノロジーとは
◆ナノ粒子の潜在的リスクは決して小さくない
◆発展途上国への影響
◆ナノ・モノポリー
◆ナノバイオテクノロジーが生命の営みに新しい意味をもたらす
◆議論と規制の必要性
第六章 水銀―地球規模の拡散を防ぐための提案
◆水銀の毒は世界を巡る
◆世界の水銀使用量と放出状況
◆世界の水銀市場
◆需給削減で環境負荷を抑制する
◆水銀対策における国際協調の現状
第七章 災害―不幸なインパクトを和平交渉の好機に変える
◆「自然災害」と「非自然災害」の定義づけ
◆災害と紛争のつながり
◆暗雲と希望の光
◆アチェ:行き詰まりの打開
◆スリランカ:戦争でも平和でもない
◆人道的、環境的和平構築
第八章 WTO―貿易と持続可能な開発を調和させるための改革を
◆貿易と環境論争
◆貿易と環境の衝突は避けられるのか
◆未解決の懸念
◆WTOと環境の相互支持的作用
◆貿易と持続可能な開発は調和できるか
◆WTOを超えて
◆WTO改革の必要性
第九章 中国―NGOを中心に環境市民社会を育成する
◆環境NGOの政治的機会を開く
◆中国特有の性格をもつ環境市民社会
◆拡大するNGOの影響力
◆官製NGO(GONGO)の創設
◆環境NGOへの国際援助
◆政治的機会への根深い制約
◆より強力なNGO部門構築の機会
◆次のステップに向けて
第十章 CSR・NGO・SRI―環境の世紀にふさわしい企業を目指して
◆企業責任の根拠
◆先駆的企業の例
◆責任ある企業活動への障害
◆ステークホルダーの役割
◆競争の足場を公平にする
◆企業の影響力の方向を修正する
原注
さくいん