前の記事 目次 研究所 次の記事 (since 2000.05.01)
情報:農業と環境 No.82 (2007.2)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 日光が植物残さの分解を促進する

Plant litter decomposition in a semi-arid ecosytem controlled by photodegradation
A. T. Austin and L. Vivanco
Nature, 442: 555-558 (2006).

作物の実を刈り取ったあと、土壌表面に残されたり、耕起によって土壌中に埋められた茎や葉などの植物残さは、土壌動物や土壌微生物によって二酸化炭素またはメタンや水にまで分解されるが、光分解など非生物学的な過程の役割は小さいと考えられていた。しかし、半乾燥地の南米パタゴニアで、太陽光を遮ると土壌表面上の植物残さの分解が抑制されること、微生物の栄養源や殺菌剤を添加しても分解に影響を受けないことが明らかになった。この結果は、半乾燥地の自然植生における炭素循環では光分解という過程が無視できないことを示している。植物によって固定された炭素のある程度の量は土壌生物の作用を受けることなく、直接大気中へ放出されていることになり、地球の陸地の約40%を占める乾燥地・半乾燥地では重要な問題である。このことは、省エネルギーまたは土壌侵食防止の技術である不耕起栽培によって地表面に残された作物残さにもあてはまるかも知れない。

実験は、アルゼンチンの年降水量152mmの半乾燥地パタゴニアでおこなわれた。自然植生は永年草本の植被が32%、潅木の植被が15%を占めるステップであり、土壌は礫(れき)が多く、水分保持量の少ないアリディソルと呼ばれる乾燥地土壌である。植生を刈り取った土壌表面に2mmメッシュのガラス繊維ネットを置いた。その上に枯死した雑草の葉や茎1gを入れた縦20cm、横10cm、高さ6cmのプラスチック製の枠を置き、枠の上に、紫外線と太陽光をさえぎるそれぞれ別のポリエステルフィルター、対照区として太陽光の95%以上を透過するフッ化ポリマーフィルターをかぶせた。雨水はフィルターを透過し、空気の出入りは枠の横から可能である。また、土壌微生物の影響を調べるため、殺菌剤キャプタン水溶液を植物遺体に散布すると同時に、殺菌作用のあるナフタレン粒剤を土壌表層に混合した試験区を設けた。さらに、微生物の栄養源としてグルコースとコーンスターチ、窒素源として硝酸アンモニウムを土壌に散布した区を別に設けた。実験開始の直後と3、5、7、12、18か月後にサンプリングをして、植物残さの有機物含量を測定した。

その結果、植物残さの分解速度は、紫外線をさえぎった場合は33%、太陽光を遮断した場合は60%、対照区に比べて低下した。また、殺菌剤の添加でカビや細菌など土壌微生物の数が激減したにもかかわらず、分解速度には何の影響もなかった。さらに、微生物の栄養となる炭素源や窒素源を加えても分解速度に変化はなかった。このことから、乾燥地や半乾燥地における地上の植物残さ中の炭素の大部分が、炭素循環における土壌有機物を経由することなく、直接光によって分解し、大気中に放出されていることが明らかにされた。したがって、将来、成層圏のオゾンや雲量の減少などの地球環境変動によって、紫外線を含む太陽光線量が増加した場合、炭素貯蔵量が少なくなることが予想されると述べている。

現在のところ、高緯度の湿潤地帯では植被の影響もあり、紫外線による有機物分解の効果は少ないことが報告されている。しかし、二酸化炭素削減対策として、不耕起栽培などによって作物残さを畑土壌表面に残して炭素蓄積を図っても( 「論文の紹介: 輪作畑の炭素収支」(情報:農業と環境 No.75) を参照)、将来は太陽光によって有機物の分解がこれまで以上に速まることになるかもしれない。

(農業環境インベントリーセンター 谷山 一郎)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事