日本農業経営学会では、農業が直面している経済的・社会的問題、環境問題に対し、新たな農業経営学を構築することの必要性から、2001年度に、統一課題 「循環型経済社会の構築に向けた農業ビジョン」 を設定し、シンポジウムなどを随時開催してきた。本書は、その報告内容をもとにまとめられたものである。
農業経営学における 「循環型社会」 形成への貢献について、そのキーワードとして、(1) 循環 (持続性)、(2) 経営倫理ないし経営の社会的責任、(3) ステークホルダー、(4) 共生、(5) 公益 をあげている。序章では、これからの農業経営には新たな 「活私開公型」 の視点が必須であり、 「農家にとって善いことは、社会にとっても善い」 という従前の発想を、「社会にとって善いことが、農家にとっても善い」という発想に転換することをめざすとしている。
農業経営の社会的責任の一つに、「地球市民として、回収できない他者 (自然環境、地域社会) から望まれていることに対して他者と協働して公共益 (天然資源の節約、温室効果ガスの発生抑制、共福社会への貢献) に取り組み、そのステークホルダー (利害関係者) に説明責任を果たしていく 『公共的責任』」 を掲げている。このことは、農業経営に限らず、すべての生活者が取り組むべき姿勢といえる。
本書では、最後に第1章と第3章の論点整理とコメントが提示されており、各章の理解を深める上で好都合である。第1章 「有機性廃棄物の地域循環システム」 では、循環型社会の構築に向けた廃棄物の3Rの取り組みの中で、リデュース (廃棄物発生の抑制) がもっとも重要であると述べている。また、第3章 「循環型農業の社会的責任」 では、「循環」 の意味を正確に理解しておくことが必要で、各論文をもとに、「循環は何らかの回路によって複数のサブ循環がリンクする構造」 を有しており、システムが複雑であること、さらに最終製品の品質 (良否、安全性) だけでなく、消費者によるプロセスの品質評価も求められると指摘している。
本書は、農業経営学的な観点で 「循環型社会」 のあり方を論じているが、各章はさまざまな科学的知見や環境科学的データに基づく。たとえば、栄養塩類などの物質循環収支、CO2 放出量から求められるエネルギー効率など、各種データが基礎となる。社会経済学的な論議をする上で、より精確な科学的視点が必須であり、今世紀の問題解決には、社会人文科学と自然科学との連携強化が重要であることを示唆している。
目次
はじめに
序章 活私開公の農業経営
第1章 有機性廃棄物の地域循環システム
第1節 有機性廃棄物の地域循環システムの設計と評価
第2節 生ゴミのリサイクルと地域農業の連携
第3節 韓国における地域的持続可能農業確立のための物質循環収支アプローチ
第2章 循環型社会の構築に向けた農業経営の展開
第1節 日本における近代農業の危機と転換
第2節 環境適応としての循環型農業経営体構築の課題
第3節 地域資源循環における農業と経営主体
第4節 資源循環システムと地域連携―パラダイムシフトと循環型社会構築の課題―
第5節 持続可能な施設園芸部門:虚構か現実か?
第3章 循環型農業の社会的責任
第1節 循環型農業の条件整備と政策
第2節 循環型農業と消費者向け情報公開
第3節 農業関連産業をめぐる物質循環と総合マネジメントシステム
第4節 ドイツの持続的農業戦略
第4章 農業経営の社会的責任とステイクホルダー・マネジメント
第1節 農業経営のステイクホルダー・マネジメント
第2節 経営評価法の正当性と有機農業
第3節 持続可能な経営と経営者ミッション
第4節 畜産経営におけるGAPとHACCP方式の導入の課題
第5節 持続可能な土地利用と経営倫理
終章 循環型社会の形成と経営研究の実践性