日本は飼料や油糧用のダイズのほとんどを輸入しており、ダイズの自給率は約5%である (2006年度農林水産省統計)。豆腐や納豆用など食用ダイズに限れば、自給率は21%であるが (2005年度統計)、それでも約8割を海外から輸入していることになる。新聞の経済面にある輸入穀物価格を見ると、ダイズは 「非遺伝子組換え (分別品)」 と 「不分別品」 に分けられており、 「非遺伝子組換え」 の方が3割ほど高い (2008年4月現在)。米国ダイズ輸出協会の代表は昨年 (2007年) 11月、「遺伝子組換えでないダイズ品種は栽培経費がかかり、収量も低いので、米国での栽培は減少している。今後、非組換えダイズを入手するにはより高い割増価格と事前契約が求められる」 と述べた (アメリカ大豆協会週報2007/12/10)。日本のメディアでも 「価格が高いだけでなく、遺伝子組換えでないダイズ品種の入手自体が困難になるのではないか」 という報道が見られるようになった。
現在、米国で栽培されている遺伝子組換えダイズは除草剤耐性品種で、グリホサートという除草剤を散布するとダイズ以外のほとんどの雑草を防除できる。ほかの除草剤のように、発芽前のみ散布可能とか、すべての雑草を防除するために複数の除草剤を混合して散布する必要があるといった使用上の制約も少ないため、生産者にとっては効率的な除草手段であり、労働時間の削減も含めて作業経費が減るのは理解できる。さらに、収穫したダイズに雑草種子などの 「異物」 が混入する割合も少なく、収穫物の品質が向上するため取引上の利益もあるという (Gianessi 2008)。このような利益も理解できるが、除草剤耐性という形質でどうして収量まで増えるのだろうか?
収量増は1つの遺伝子によって決定される形質ではなく、研究開発段階のものは多数あるが、現在のところ、「収量増」の形質を遺伝子組換え技術によって導入した作物は実用化されていない。しかし、北米の除草剤耐性ダイズや害虫抵抗性トウモロコシでは、組換え品種の方が非組換え品種よりも収量が高い場合が多いのは事実であり、その傾向は年々強まっている。理由はいくつかあるが、ダイズとトウモロコシで事情はやや異なる。
年 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007 |
ダイズ | 0 | 2 | 13 | 37 | 47 | 54 | 68 | 75 | 81 | 85 | 87 | 89 | 91 |
トウモロコシ | 0 | 1 | 8 | 27 | 34 | 25 | 26 | 34 | 40 | 47 | 52 | 61 | 73 |
データ: 米国農務省統計(2007年は推定値) |
除草剤耐性ダイズの場合
グリホサートを散布しても枯れず、雑草だけを防除できる除草剤耐性ダイズ品種の商業栽培は1996年から始まったが、1997−98年の米国農務省の調査では、非組換え品種と比べて収量や農家が得る純利益にはほとんど差がなかった (Gianessi 2008)。種子価格が1ヘクタールあたり20〜25ドル高いにもかかわらず、除草剤耐性ダイズを採用する農家が年々増加したのは、効率的に雑草防除ができ、除草剤経費や労働経費を節減できるため、総合して判断した結果である。除草剤耐性品種の人気が高まるにつれ、もともと収量の高い優良品種に除草剤耐性の形質を導入した品種が販売されるようになり、非組換え品種では収量の高い品種が相対的に少なくなっている。組換え品種に優先的に 「高収量」 品種を用いる傾向は今後さらに強まるものと予想される。昨年8月、モンサント社はグリホサート耐性という形質は同じでも、収量が7〜11%高い、新しい除草剤耐性ダイズ系統を2009年から販売すると発表し、デュポン社も9月に平均12%収量の高いダイズ品種に新たな除草剤耐性形質を導入した系統の商品化を発表した。両社とも 「7〜11%」、「12%」 の高収量品種は遺伝子組換え技術以外の分子育種法を用いて育成したものだが、種子会社が生産コストや雑草防除手段の効率化だけでなく、「収量増」 を組換えダイズ品種のセールスポイントとして強調していることがうかがえる。
このような販売上の戦略とは別に、栽培技術の点でも、除草剤耐性ダイズは収量増を可能にした。それは畝 (うね) の間隔を狭めて、より高密度で種子をまいて栽培し、単位面積あたりの収量を増加させる栽培法である。草高の低い半矮性 (わいせい) 品種の育成によって、米国北東部では1ヘクタールあたり約60万株の高密度栽培が可能になったが、栽培期間中に雑草防除に機械を使う場合、畝の間隔を狭くするには限度があった。マサチューセッツ大学の Liu らは2002〜2003年に8つの除草剤耐性ダイズ品種を用いて、1ヘクタールあたり30万株、50万株、80万株の密度で栽培試験を行い、収穫量 (単位面積あたりの収穫重量、g/m2) を比較したところ、2年間とも、最も高密度栽培の80万株で収穫量が最大となった。高密度栽培をすると光条件が悪くなるため、1株あたりの莢 (さや) 数と種子数は減少したが、1つ1つの種子は大きくなり、最終的な収穫量は80万株で最大となった。調査した2年間は気象条件に恵まれたため、水不足の年でも80万株で最大収量が得られるかどうかはわからないが、畝の間を機械で除草する代わりに、除草剤を上空から散布する栽培法ができたことによって、いままで以上の高密度栽培で高い収穫量を得ることが可能になったと Liu らは述べ、除草剤耐性ダイズ品種で最大の収量が得られる栽培密度や栽培管理条件 (かん水・肥料など) について、さらに研究する必要があると強調している。
害虫抵抗性Btトウモロコシの場合
害虫抵抗性のBtトウモロコシでも、収量の高い品種を組換え品種に優先的に用いる傾向はダイズと同じである。トウモロコシも飼料や食品原料用、バイオエタノール原料用に使われるデント種の約70%が組換え品種になっているので、種子会社が収量の高い優良品種を組換え品種に用いる傾向は年々強まっている。また、害虫抵抗性の組換え品種は、害虫の加害による損失を減らすので、基礎収量の同じ非組換え品種と比べても、結果として高い収量が得られることになる。これは農薬散布によって病害虫の被害による減収を防ぐのと同じ効果である。
Btトウモロコシで収量が増えるもう1つの理由は、ダイズと同様に高密度栽培により、単位面積あたりの収量増が可能になったためである。ただし、このメリットはアワノメイガなど鱗翅 (りんし) 目害虫防除用のBtトウモロコシに限られる。ウィスコンシン大学の Stanger と Lauer は2002〜2004年に州内10地区でトウモロコシの栽培密度と収穫量との関係を調査した。トウモロコシは高密度で栽培すると、茎が倒れやすくなるが、Btトウモロコシでは茎内に潜ったアワノメイガ幼虫による被害がほとんどないため、密植しても茎が倒れる割合が大幅に減った。ウィスコンシン州では、1ヘクタールあたり7万4千株の栽培密度が推奨されていたが、Btトウモロコシでは10万5千株の高密度栽培でも高い収穫量を得ることができた。Stanger らは、Btトウモロコシの種子価格は高いので、種子価格と他の作業経費、および市場でのトウモロコシ売買価格から総合して、8万4千株の密度で栽培するのが経営的には最適だと試算している。つまり、市場でのトウモロコシ価格が上がれば、8万4千株より高密度で栽培しても高い利益が得られることになり、Btトウモロコシの登場は生産者に栽培密度を決める上でより広い選択肢を与えたことになる。
単位面積あたりの収量を上げるためには、化学肥料の投入量も増えるため、高密度栽培は農地の環境負荷などの点では問題もあるだろう。しかし、除草剤耐性ダイズとBtトウモロコシに共通しているのは、組換え作物の開発者側が意図した作物品種の特性そのものによるメリット以外に、単位面積あたりの収量増を可能にする栽培技術という副次的に得られた効果を、生産者側は大きなメリットとして評価したことだ。これが組換え品種の採用が飛躍的に増えていった理由の一つであるようだ。
おもな参考情報
Gianessi (2008) Economic impacts of glyphosate-resistant crops. Pest Management Science 64(4): 346-352. (グリホサート耐性作物による経済的影響)
Liu et al. (2007) Yield-density relation of glyphosate-resistant soya beans and their responses to light enrichment in north-eastern USA. Journal of Agronomy & Crop Science 193: 55-62. (グリホサート耐性ダイズの収量と栽培密度の関係)
Stanger & Lauer (2006) Optimum plant population of Bt and non-Bt corn in Wisconsin. Agronomy Journal. 98: 914-921. (Btと非Btトウモロコシの最適栽培密度)
Stanger & Lauer (2007) Corn stalk response to plant population and the Bt-European Corn Borer trait. Agronomy Journal 99:657-664. (栽培密度に対するトウモロコシ茎の反応とセイヨウアワノメイガ抵抗性Btトウモロコシの特性)