2008年6月23日から27日までカナダのバンクーバーで行われた第5回国際雑草科学会議に参加してきました。この学会は4年に1回開催される、発表タイトルだけで700を超え、参加者はおそらく1000人以上というかなり大きな学会です。参加者は、大学や国の研究機関の研究者だけでなく、農薬会社や大規模農家までと、非常に幅広いのが印象的でした。次回は2012年に北京での開催が予定されています。発表はさまざまなセッションに分かれていますが、大別すると、(1) 雑草管理技術、(2) 抵抗性雑草問題、(3) 環境に配慮した雑草管理 (農業) の3つになります。
わが国ではまだあまり大きな問題とはなっていませんが、アメリカやカナダにおいては、除草剤に対して抵抗力を持った雑草集団、いわゆる抵抗性雑草の問題が顕在化しています。とくに今ホットな話題は遺伝子組換え作物 (GM作物) の導入により急速に使用量を伸ばしている非選択型除草剤グリホサートに対する抵抗性の問題です。抵抗性雑草に関するセッション9題のうち実に5題 (ポスター発表では58題中12題) が、グリホサート抵抗性雑草に関する発表でした。今、アメリカやブラジル、アルゼンチンではグリホサートの効かないダイズ、いわゆる除草剤抵抗性ダイズの栽培面積が上昇し続けていますから、その抵抗性雑草というのは大きな経済的影響力を持つのです。
筆者らの発表は、この除草剤抵抗性のような遺伝子組換えダイズが日本に導入された際に懸念される、ダイズの近縁野生種ツルマメとの交雑の可能性について開花の重複頻度から推定し、それを低減するための方法論についてのものでした。ツルマメはダイズの祖先種と言われている東アジア固有の種で、日本全国に分布しており、きわめて低い頻度ですがダイズと交雑することができます。しかし、ツルマメの開花期は地域により異なり、ダイズの開花期も地方品種により異なるため、両者の交雑の可能性は全国一様ではありません。そのため、筆者らはどの程度開花期が重複すれば両者の交雑する可能性が高まるかをモデルで推定し、その結果に基づき、将来わが国で遺伝子組換えダイズが商業栽培された際にツルマメと交雑する可能性を低減する方法を提案しました。自然交雑を低減する方法といった場合には、適切な距離をとることによって交雑率を低下させる、いわば物理的な隔離が行われることが多いのですが、野生集団というのはどこにどの程度の大きさの個体群がいるのかよく分からない場合が多いので、ほ場から距離をとる、ということ自体が難しい場合がほとんどです。そこで著者らは、ツルマメとダイズの播種時期をずらしたり、ダイズの品種を替えたりすることで、開花期の重なり程度を低下させる、つまり時間的に隔離することでも交雑率を低下させることができるという内容を発表しました。このような時間的隔離の方法はダイズとツルマメに限らず、さまざまな作物の間、あるいは作物と近縁野生種との間での遺伝子流動の低減措置として有効であると考えています。
この学会に参加して、個人的にもっとも印象的だったのは、アメリカ、カナダやオーストラリアでは農学が意志決定の道具として考えられている、ということです。言い換えると研究と実用の距離が非常に近いのです。たとえば、除草剤を○○ドル程度使えば、雑草は××程度に抑えられると考えられ、その際の雑草による経済損失は△△ドルになりそうです、といった予測をするための研究がたくさん行われ、その結果を用いて農家がどのような管理を行うかを考える、というような具合です。これは、HADSS (除草剤施用のための意思決定サポートシステム) というノースカロライナ大学のグループが長年にわたる研究成果をまとめ上げたソフトウェア(http://www.hadss.com/)で実装されているものです。今回の学会ではこのHADSSを使った応用研究も数多くありました。たとえば環境に配慮した低負荷型農業を行った際の予想収益の変化、つまり、農薬の施用量を減らした場合に雑草がどの程度繁茂するか、の予測を行った研究もありました。
環境保全というのは往々にして経済的能率性とリスクトレードオフ(あるリスクを低減するとあるリスクが上昇)の関係にあるといえます。これをどのようにバランスさせるかというのは、価値観、つまりどのような状況を望むか、という意思の問題だと思います。このような場合には、ある行動に対して個々のリスクがどう変化するのか、ということをきちんと把握するためのリスク評価法が重要な意味を持ってきます。農業環境技術研究所でも、たとえば、西田智子主任研究員による雑草リスク評価モデル (日本版WRA) のように、農業環境リスク評価というテーマでさまざまな研究を行っています。しっかりとしたリスク評価を行うことは、ある問題 (たとえば雑草繁茂) に、どのような対策をとることができるのか、それにかかるコストはどの程度か (たとえば輸入・移動規制)、それを行った場合にどの程度効果が見込めるのか (たとえば経済損失の低減)、という意思決定のために必要不可欠です。今後も、より出口を見据えた研究を行っていかなくてはならないという認識を新たにした学会でした。
会場となったウェスティンベイショアホテル
(生態系計測研究領域 大東健太郎)