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情報:農業と環境 No.111 (2009年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

国際情報: 21世紀の農業に課せられた課題−増産と環境と、OECD国際共同研究プログラム・カンファレンス「農業研究の課題」

OECD (経済協力開発機構) 農業委員会の国際共同研究プログラム: 農業体系における生物資源 (Co-operative Research Programme: Biological Resources in Agriculturral Systems) では、OECD加盟国間の国際研究交流の推進を目的に、在外研究や国際会議(カンファレンス)開催の支援を行っている。今期(2005−2009年)のプログラムが今年で終了し、来年から新たな5年間(2010−2014年)のプログラムがスタートするのを前に、標記のカンファレンスが2009年4月6日から3日間、チェコ共和国のプラハで開かれた。この国際会議の目的は、農業研究の最近の主要な成果を紹介するとともに、政策的、社会的ニーズに基づいた今後の課題、研究方向を議論することであった。この背景には、農業をとりまく環境や国際情勢の急激な変化がある。

国際穀物価格の変動と今後の食料物需要の急速な拡大

2005/2006年の主要穀物生産地域の干ばつに端を発した国際穀物価格の急上昇は、食糧危機の到来を想起させるに十分な規模で起こった。すなわち、穀物価格は2008年のはじめには2〜3年前に比べて米で3倍、コムギで2.5倍の高値となり、一部の国ではコメ不足の状況をも呈した。その後は一転して急落したが、元のレベルにもどったわけではなく高値にとどまっており、この先も同様な状態が続くものと予想されている。

21世紀の中ごろに向け、今後、食料・農産物に対する需要が急速に伸びていくことは必至であり、その最大の要因は、世界の急激な人口増である。2008年に68億人に達した世界の人口は、予測では2050年には90億人を突破し、その結果、2050年には現在よりも25億人多い人口を養わなければならないことになる。さらに、中国やインドをはじめとした途上国では、経済発展による食の改善が進み、畜産物の消費が増えることも、食糧需要を大幅に増大させる大きな要因となる。

非食料用途の農産物需要の拡大

バイオ燃料に代表される非食料用途も、農産物需要として大きな伸びを示している。昨年まで続いた石油価格の高騰等を受け、米国はコーンを原料とするバイオエタノールの、また欧州は主としてバイオディーゼルの生産増大を、それぞれ戦略目標を立てて推進しており、このこともまた、穀物の価格高騰の大きな要因となった。現在バイオ燃料生産のために使われている農地は1,400万ヘクタールと、世界の全農耕地の約1%であるが、この割合は今後増え続け、2030年には2.5〜3.8%に達すると予測されており、食料需給に及ぼすさらなる影響の拡大が懸念されている。バイオマスエネルギーの中で輸送用エネルギーとしては利用できるのはエタノール、バイオディーゼル等のバイオ燃料であるが、その温暖化対策としての効果については議論のあるところである。一方バイオ燃料以外にも、脱石油、低炭素社会実現のために、産業はバイオマス依存の方向に向かう必要があり、農業はそうした需要にも応(こた)えていくことが求められる。

農業が需要増に応えるためには

試算によると、2030年までに世界の食料需要は50%増え、その需要増に応えるためには、現在陸地の40%を占めている農耕地の割合をさらに10%増やし、収量(反収)を40%増やす必要がある。しかしこのことによって、農業からの温室効果ガスの全排出量に占める割合は2%増えて8%となり、現在世界の水資源の利用の70%を占めている農業の水利用は、さらにその割合を高めることになる。それも、気候変動が農業生産全体に大きな影響を及ぼそうとしている中での話である。

農耕地拡大と環境破壊

農業生産を増やす手段の一つである、世界の農耕地の拡大の可能性はどうであろうか。アフリカは食糧の生産と需給という点ではもっとも大きな問題を抱えている地域だが、農業に対する投資が絶対的に不足しており、農耕地など農業基盤の整備が急務である。その他の国・地域については、ブラジルなど一部の国を除いては農耕地の拡大は困難というのが、大方の意見であろう。その例外とされているブラジルで、今何が起こっているのであろうか。

米国ではバイオエタノール用コーンの増産の結果、ダイズやコムギの生産が減少している。一方中国では、家畜飼料としてのダイズミールの需要が増大しており、すでに最大のダイズ輸入国である中国の輸入量は、さらに急速に伸びようとしている。米国でのダイズの減産を補い、中国への輸出を大幅に増やしているのがブラジルである。そしてブラジルでのダイズの増産は、アマゾンの熱帯雨林の破壊やセラードの開墾によって成し遂げられている。熱帯雨林の開墾はしばしば報道されるように、大きな環境破壊であり、森林に蓄積された炭素の放出や生物多様性に対する影響が懸念されている。

アジアでは、熱帯のマレーシアやインドネシアにおいて、バイオディーゼルのためのアブラヤシやジャトロファのプランテーションが急速に拡大しているという。その結果、熱帯雨林の破壊はもとより、熱帯の泥炭地の排水による土壌炭素の大量の放出が懸念されている。

収量の増大と環境への負荷

世界の過去半世紀の食糧増産は、収量(反収)の増大により達成されてきた。1960年から2000年の40年間で世界の穀物収量は2倍になり、その結果として世界の穀物生産量も2倍になっている。しかしそのために、世界の窒素肥料の使用量は7倍に、リン酸肥料の使用量は3.5倍に増大している。これをアジアで見ると、化学肥料の使用量は40年の間に35倍にもなっている。一方で、施肥した肥料の利用効率はこの間減り続け、現在は50%以下である。

窒素バランスを地域別に見ると、北米ではヘクタールあたり1年に160kgの窒素が施用され、そのうち145kgが供物に吸収されている。したがって、環境中に放出される窒素はその差の15kgである。一方、中国ではヘクタールあたり641kgの窒素が施用され、そのうち吸収されるのは361kgである。その結果、ヘクタール当たり268kgもの窒素が環境中に放出されていることになる。

バイオ燃料生産もまた環境への負荷を増大している。2007年の米国のエタノール用コーンの栽培面積は3,720万ヘクタールで、エタノール生産量は90億リットルである。そのために使われた窒素肥料は9万5千トンであり、コーンの栽培はミシシッピー川の流域であることから、河口の7,900平方kmで窒素による汚染が発生しているとされている。

第2の緑の革命

昨年第24回国際生物学賞を受けた米国の生態学者 D. Tilman は、以下のように述べている。

「2050年までに世界の人口は50%増えると予想され、一方食糧需要は世界の1人あたりの実収入の増大も加わり、倍以上となる。この需要の増大が、世界の環境変化の主要な駆動力となろう。」
(By 2050, global population is projected to increase by 50% while global food demand will more than double due to rising global per capita real income. This demand will be a major driver of global environmental change)

第1の緑の革命は、農業の環境に及ぼす負荷は考慮せずに進められてきた。すなわち化学肥料や農薬の多投、大量の灌漑水利用で達成されてきたと言える。その結果、食料生産は増えたが、環境に及ぼした影響は以上に述べた通りである。今世紀、人類が生き残るためには農業生産の増大は至上命題であるが、その一方で、環境への負荷は今よりも減らさなければならない。

カンファレンスの内容

講演者はそれぞれの分野の第一人者で、世界のオピニオンリーダー的存在である。カンファレンスのプログラムは以下のOECDのサイトで見ることができ、そこから各講演者が用いたプレゼンテーションのPDFファイルにアクセスできる。ファイルには種々のデータも含まれ、有益である。

Co-operative Research Programme: Biological Resource Management for Sustainable Agricultural Systems
“Challenges for Agricultural Research”
http://www.oecd-ilibrary.org/agriculture-and-food/challenges-for-agricultural-research_9789264090101-en

(ページのURLが変更されました。2013年12月)

行われたセッションは以下の通りである。

セッション1: 自然資源(水と土壌)に対する圧力に立ち向かう

セッション2: 食料と環境のための持続的農業の遂行

セッション3: 農業における食料、繊維、燃料生産の競合

セッション4: 食の安全の今日と明日:食と農業行為が変化する中での課題

セッション5: 規制関連の課題

Session 1: Coping with Pressures on Natural Resources (Water and Soil)

Session 2: Delivering Sustainable Agriculture for Food and the Environment

Session 3: Competition in Agriculture for Food, Fibre and Fuel

Session 4: Food Safety Today and Tomorrow: the challenges in changing food and farming practices

Session 5: Regulatory Challenges

21世紀の農業と農業研究

農業は単なる食料生産の場ではなく、ますます多機能かつ多面的となってきている。その結果、農業の強化に対するニーズはきわめて大きくいものがある。今世紀の人類に課せられた重要問題の解決をかけ、農業研究は挑戦を突きつけられているのであるが、この機会を持続的社会の実現にむけた好機として捉(とら)えることができるかどうか、農業研究の真価が問われているとも言えよう。

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