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情報:農業と環境 No.111 (2009年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 271: 世界がわかる理系の名著、 鎌田浩毅 著、 文藝春秋(2009年2月) ISBN:978-4-16-660685-6

科学的な大発見は、人類の価値観をも大きく変えてきた。そうした大発見とそれを著した名著については、教科書やさまざまな情報で知っていても、実際に読んだことはない場合が多いであろう。本書はそうした「名著」14冊を取り上げ、それぞれ、著者のプロフィール(書いたのはこんな人)、概要(こんなことが書いてある)、エピソード、教訓、と続き、「さわりピックアップ」で実際の本の文章のさわりを紹介する。

世界を動かした名著であっても、刊行当時には世間の激しい攻撃にさらされたものも少なくない。しかし、それらも世界の新しい見方としてしだいに認められ、今の世界観となってきた。そうした大発見が、当時の社会にどのような影響を与え、現代の私たちの社会でいかに役立っているか、わかりやすく解説する。

本書の著者も初めて原典を読んだ本が大部分であるという。また、著者は地球科学が専門であり、その意味では多くは専門外の本に関する解説ということになる。著者は読んでみて、理解できる個所が多いことに驚くとともに、内容がおもしろいことを実感したという。それは、発見者の、自分の発見をなんとか正確に記述してぜひとも伝達したい、社会に理解してもらいたい、という思いからであろうという。

本書は、生命の世界、環境と人間の世界、物理の世界、地球の世界の4章から成る。このうち第1章生命の世界(ダーウィン、ファーブル、メンデル、ワトソン)について紹介する。

「種の起源」を著したダーウィンは、少年時代、植物や昆虫採集に熱心だった。しかし地道な学業には関心がなく、医学部を中途退学する。父親が牧師にしようと送り込んだケンブリッジ大学で、博物学者のヘンズロー教授と運命的な出会いをし、生き物の野外採集にのめりこむ。そして、32才で大学を卒業すると、海軍の測量船ビーグル号に乗り込み、世界を巡ることとなる。その後、膨大な観察結果をもとに、本を次々と刊行。これが高く評価される。それらの集大成として、50才の時に種の起源を発刊する。当時はキリスト教がすべての時代であり、進化論は激しい非難を招くが、友人など理解者も現れ、サポーターとして世に出すために支援する。

ダーウィンが経済的に恵まれた環境であったのに対し、ファーブルはフランスの貧しい農家に生まれ、生涯貧乏とともに生きたという。昆虫記で有名なアルマスに落ち着いたのは55才の時で、昆虫記第1巻が刊行されたのは56才、そして全10巻が出そろったのは83才であった。ファーブルが目指したのは、学術論文ではなく、オリジナルだが万人に広く読まれるような新しいタイプの本であった。すなわち、目的は自然をわかりやすく伝えることで、今で言うサイエンスライターの先がけ的存在であった。ファーブルが当初高い評価を受けなかったのは、ダーウィンの進化論を認めなかったこと、平易な文章を書いたことなどが背景にあり、世間はダーウィンに対して終始冷たかった。また、日本では有名なファーブルがフランスではほとんど知られていないのは、昆虫に対するフランス独特の文化的背景があるという。

メンデルは、子供のころから父親の植物の改良を手伝い、このことが後の遺伝の研究の基礎となる。経済的に勉学の道を閉ざされ、修道士となるが、当時の修道院は知的活動が責務であったことが幸いする。ウィーン大学への国内留学の機会を得、再び修道院に戻ってから、エンドウを使った遺伝の研究を開始する。そして43才の時に、メンデルの法則と呼ばれる遺伝現象の法則性と遺伝物質の存在を発見する。メンデルの発見が1900年まで34年間も埋もれたのは、メジャーな学術誌ではなくローカル誌に投稿したこと、研究の宣伝やアウトリーチ活動にさほど熱心ではない、オタク研究者であったことなどがあったという。メンデルは研究者のタイプで言えば、仮説を周到に、根気強く実証していく実験・実証の王者であったと著者は言う。

ワトソンの2重らせんについては、発見の過程で繰り広げられた、研究者の間のし烈な競争や駆け引きであろうか。野望、興奮と焦燥、駆け引き。科学の飛躍が生まれる前の過程は、へたな小説よりも迫力がある。

最後に著者は、(専門外でも)科学は本当におもしろい、教科書であんなに無味乾燥に扱われていたのはなぜだったか、と問う。科学を無味乾燥にし、若者の科学への興味を削(そ)いでいるのは、教科書であるのかもしれない。教科書では科学的な事実として淡々と述べられている発見も、実はもっとも人間的な営みの産物であると言えよう。

目次

第1章 生命の世界

ダーウィン 『種の起源』

ファーブル 『昆虫記』

メンデル 『雑種植物の研究』

ワトソン 『二重らせん』

第2章 環境と人間の世界

ユクスキュル 『生物から見た世界』

パヴロフ 『大脳半球の働きについて−−条件反射学』

カーソン 『沈黙の春』

第3章 物理の世界

ガリレイ 『星界の報告』

ニュートン 『プリンキピア』

アインシュタイン 『相対性理論』

ハッブル 『銀河の世界』

第4章 地球の世界

プリニウス 『博物誌』

ライエル 『地質学原理』

ウェゲナー 『大陸と海洋の起源』

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