本の紹介も300冊目となった。今回は、朝日新聞が2000〜2009年の図書を対象に選んだ、「ゼロ年代の50冊」 という企画でベスト1に選ばれた、ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」を紹介する。ある意味衝撃的な歴史観であり、農業と環境を考えるうえで示唆するところは大きい。
タイトルの 「銃・病原菌・鉄」 は、15世紀以降のヨーロッパ社会による新大陸征服を可能とした直接の要因を指す。それからすると人類史の中でも比較的新しい時代を扱っているイメージだが、上巻の一番のテーマは「食料生産にまつわる謎」である。この1万3000年を振り返ると、産業を発達させた社会が生まれた地域がある一方で、文字も鉄器も持たず、石器や木器での狩猟採集生活がずっと続いた地域もある。そして歴史において、(文字と金属器を持つ)産業が発達した社会がそれらを持たない社会を征服し、あるいは絶滅させてきており、このことが人類の歴史に長い暗い影を落としている。
こうした地域間の差異はなぜ生まれたのであろうか。話は、進化生物学者でもある著者が、鳥類の進化の研究でニューギニアの海岸を歩いていたときに、現地のヤリという名の政治家が発した、「あなた方白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはぜだろうか?」 という、単純ではあるが核心をついた問いに始まる。この問いに答えることが、本書の目的であった。
最終氷河期が終わった紀元前1万1000年をみると、世界の各大陸に分散していた人類は、みな狩猟採集生活をおくっていた。しかしその後、人類はそれぞれの大陸ごとに異なる発展をし、技術や政治構造の不均衡が生じていった。そしてヨーロッパ社会が新世界を発見した西暦1500年の時点では、各大陸間で技術や政治構造に大きな格差が生じており、鋼鉄製の武器を持った帝国がそれらを持たない民族を侵略、征服し、滅亡させることができたのである。その当時の格差が、現代世界の不均衡につながっている。
このような大陸間の格差が生じたのは、持って生まれた能力が民族によって違うからだという、生物学的差異を持ち出した説明は、今では公には否定されている。しかしこうした考えは、意識しているか否かにかかわらず、多くの人がいまだに根強く持っているといえよう。それに対して著者は、「歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない」 と述べ、差別的な考えをきっぱりと否定する。
人類社会に影響を与えた環境上の要因の第一に、栽培化や家畜化の候補となりうる動植物の分布状況が大陸によって異なっていたことをあげる。栽培化や家畜化のためには適性をもつ野生の動植物種の存在が必要だが、その数は大陸ごとに異なっていたというのである。世界で最初に農業が開始されたとされるメソポタミアの肥沃三日月地帯で栽培された小麦や大麦、エンドウの祖先である野生種は、大量採集可能、発芽が容易、成長が早い、貯蔵が容易、自家受粉タイプである等々の栽培化に有用な特性を、すでにいくつも持ち合わせていた。人びとは野生種の中から変異体を選抜していったが、種子をまき散らさない遺伝子と、発芽を同調させる遺伝子が出現するだけで、野生種から栽培種への移行が完了した。肥沃三日月地帯で次に栽培されたオリーブ、イチジク、ナツメヤシ、ザクロ、ブドウなどの果樹類は、さし木や播種(はしゅ)で比較的簡単に栽培できた。
一方、作物を育てるのに適している自然条件でありながら、農業が自発的に始まらなかった地域や、よそより遅れた地域があるのは、食糧生産を開始するのに見あう野生植物が存在しなかったからだと説明する。人類が主として栽培に用いている顕花植物は、種類自体は20万種と多様であるが、人間が食べられるのはそのうち数千種、実際に栽培化されているのは数百種に過ぎない。しかも栽培植物の多くは生活基盤として食生活や文明を支えるに足る植物ではなく、世界で消費される農作物の80パーセントはわずか十数種類の植物で占められている。そうした主要作物のすべてが数千年前に栽培化されており、新しい主要作物となるような植物は近世以降一つも栽培化されていないという。現代の科学をもってしても然(しか)りである。このことは、栽培化に適する植物がいかに少ないかを示しており、野生植物の栽培化は大変難しいことがわかる。メソポタミアの肥沃三日月地帯では、農作物として育成できるような野生種が豊富に、しかも群生して存在しており、野生種をそのままの形で栽培化できたのである。それに対してたとえば北米の東海岸では、気候は農業に適していたにもかかわらず、大麦や小麦のような有用な野生の穀類は自生しておらず、その結果、人口の爆発的増加を促すような食糧生産システムは生まれなかった。オーストラリア大陸やアフリカ大陸も同様である。
畜産についてはどうであろうか。家畜化には成長速度、繁殖、気性、行動の習性(社会性の形成)等の点で適性を備えていることが必要である。更新世の終わりころには、南北アメリカ大陸やオーストラリア大陸では、家畜化の対象となりうる哺乳(ほにゅう)動物が絶滅してしまったのに対し、ユーラシア大陸には家畜化に適した動物が、他の大陸よりも多く存在していた。家畜化に適した大型哺乳類は、人類史の早い時期にほとんど家畜化されている。農作物も家畜も、まさに環境の贈り物である。
世界で食料生産を独自に開始した地域は9か所以下と多くはないが、農作物や家畜は栽培・飼育技術とともに、各地に伝播していった。しかし、伝播の速度には地理的要因が大きく影響しており、東西方向には気象条件が近いことから伝播しやすいが、南北方向には困難であった。そのため、東西に広がるユーラシア大陸では伝播が速かったが、南北に長いアフリカ大陸やアメリカ大陸では、伝播は難しかった。アフリカ大陸では熱帯地域が障壁となり、アメリカ大陸では中央アメリカ低地の熱帯気候に阻止されたのである。
畜産の開始は、天然痘、インフルエンザ、結核、マラリア、ペスト、はしかといった、重篤な症状を引き起こす感染症を人類にもたらした。歴史的に繰り返し病原菌の攻撃にさらされてきた地域の民族は、しだいにその病原菌に対する抵抗力を持つ人びとの割合が増加していく。それに対し、新たな病原菌に接した民族は、甚大な被害を受けることになる。ヨーロッパのアメリカ大陸征服において、膨大な数の原住民が殺りくされているが、それよりもはるかに多い数の原住民が、ヨーロッパが持ち込んだ病原菌の犠牲になったという。メキシコでは2千万人だった人口が天然痘により160万人まで激減。北米でも本格的侵攻前に海岸地域に上陸していたスペイン人が持ち込んだ病原菌が北米内陸部まで広がり、本格的に侵攻したときには多くの先住民集落が廃墟(はいきょ)と化していたという。こうしてユーラシア大陸を起源とする病原菌は、世界各地で先住民の人口を激減、あるいは滅亡させ、さまざまな歴史的局面で結果を左右するような決定的な役割を演じたのである。
最後に著者は、ヤリの投げかけた問題の多くは未解決であるとしたうえで、将来の研究課題としての挑戦は、人類史を(天文学や地質学、進化生物学のように)歴史科学として研究することにある、とする。人類史は一般的には社会科学の範疇(はんちゅう)であろうが、人類史を含めて科学を自然科学と社会科学に分類する考えは興味深い。すなわち、天文学や気象学、地質学、進化生物学、古生物学といった自然科学の学問も、過去に会った事物を研究の対象に一般則を導き出すことを目的としており、この点では歴史学と共通しているという。
化学や物理学のように、自然科学には研究室での実験がつきものと一般的には考えられている。しかし、過去にあった出来事を研究の対象とする歴史科学では、研究室での実験が役に立つことはほとんどなく、実験を通じてではなく、観察や比較を通じてデータを収集することになる。そして、歴史科学は直接的な要因と究極の要因の間にある因果関係を研究対象とする学問であり、究極の要因とか、目的、作用といった概念は、一般的な生物系を理解するうえで、不可欠な概念であるとする。
化学や物理学では予測性のあるなしを現象解明の基準にしているのに対し、歴史科学では過去からさかのぼる説明は可能であっても先験的な説明は困難であるなど、歴史科学と非歴史科学は予測性においても異なる。歴史学者が人間社会の歴史の中から因果関係を引き出すのは困難といえるが、他の歴史科学が因果関係を追及するうえで遭遇する困難と大きく変わるものではない。人間科学としての歴史科学も他の歴史科学と同様に科学的に発展し、何が現代世界を形作り、何が未来を創るかを教えてくれるという有益な情報を我々の社会にもたらしてくれるようになるだろうと、結んでいる。
目次
<上巻>
プロローグ ニューギニア人ヤリの問いかけるもの
第1部 勝者と敗者をめぐる謎
第1章 一万三〇〇〇年前のスタートライン
第2章 平和の民と戦う民との分かれ道
第3章 スペイン人とインカ帝国の激突
第2部 食料生産にまつわる謎
第4章 食料生産と征服戦争
第5章 持てるものと持たざるものの歴史
第6章 農耕を始めた人と始めなかった人
第7章 毒のないアーモンドの作り方
第8章 リンゴのせいか、インディアンのせいか
第9章 なぜシマウマは家畜にならなかったのか
第10章 大地の広がる方向と住民の運命
第3部 銃・病原菌・鉄の謎
第11章 家畜がくれた死の贈り物
<下巻>
第12章 文字をつくった人と借りた人
第13章 発明は必要の母である
第14章 平等な社会から集権的な社会へ
第4部 世界に横たわる謎
第15章 オーストラリアとニューギニアのミステリー
第16章 中国はいかにして中国になったのか
第17章 太平洋に広がっていった人びと
第18章 旧世界と新世界の遭遇
第19章 アフリカはいかにして黒人の世界になったか
エピローグ 科学としての人類史