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農業と環境 No.133 (2011年5月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 進まぬ新規形質作物の実用化、原因は消費者意識か審査のハードルか

今年(2011年)4月13日、日本のメーカーが開発した花色改変組換えバラ(青いバラ)の米国での商業利用に向けたパブリックコメント(意見募集)が始まった。花に対しては目立った反対運動もなく、二か月の意見募集を経て順調に進めば今年中に米国での栽培や輸入が認められることになる。遺伝子組換え作物の商業利用がさかんな米国でも、害虫抵抗性や除草剤耐性形質を導入したメジャー作物(トウモロコシ、ダイズ、ワタ)がほとんどであり、栄養成分を改良した野菜や果物などは現在商業利用されていない。昨年11月、カナダのメーカーが切っても褐色にならない組換えリンゴの商業利用を米国に申請したが、消費者や食品業界が受け入れるかどうかが大きな課題だ。申請メーカーは 「サラダやスナックとしての需要が期待できる。しかし、食品と環境の安全性審査に数年はかかるだろう」 と長期戦を覚悟しているようだ(AP通信、2010年11月29日)。栄養成分改良など消費者メリットの高い組換え作物でも、消費者や食品産業(実需者)が受け入れなければ商業化は実現しない。しかし、それ以上に商業化の阻害要因となっているのが安全性審査のハードルだ。

野菜・果実の実用化の阻害要因

2010年10月、カリフォルニア大デービス校の Miller 教授らは、果物や野菜など特殊用途の組換え作物の実用化が進まない原因を Nature Biotechnology 誌に発表した。2003〜2008年に、品質向上、機能性食品用などの組換え作物研究の論文は46作物種で計313本発表されているが、野外試験に進んだものは少なく、さらに現時点で実用化したものは一つもない。313の研究論文には、「ミラクルフルーツ」(筑波大学)など日本の研究も23含まれている。「たくさんの研究が行われているのに、一つも実用化しないのはなぜか?」、「消費者が受け入れないためか、それとも安全性審査制度のためか?」。どちらが主な原因かを統計的に解析することは難しいので、Miller 教授らは開発者(企業、大学など)に聞き取り調査をおこなった。「はっきりメリットが示されれば、消費者や市場は受け入れる余地があると思う。しかし、安全性審査に多くの費用と時間がかかることが大きな阻害となっている」 という回答が多数寄せられた。自分の開発した製品を 「消費者、業界は受け入れないだろう。おそらく売れないだろう」 とは答えないので、注目すべきは安全性審査制度のどこがハードルになっているかだ。3つの問題点があげられた。

(1) 審査の過程が不透明。どんなデータが要求され、審査にどれくらい時間がかかるかわからない。

(2) 費用がかかりすぎる。Bt作物や除草剤耐性作物の安全性審査でも、「1件、10年、100万ドル」と言われているが、新規形質作物では前例となるデータがないため、要求されるデータが増え、費用は100万ドル以上かかる。

(3) 輸出する場合、相手国ごとに安全性審査を受けなければならず、さらに多額の費用がかかる。

国内向け作物の開発だけでも、申請に多額の費用がかかり、さらにいつ承認されるのか先が見えないため、商業利用申請を断念した例もある。消費者、食品業界の受容意識よりも、安全性審査制度の方が、商業化を阻害する最大の要因だというのが Miller 教授らの結論だ。開発者側は安全性審査が不要と言っているわけではない。どんなデータが要求されるのか、いつ承認されるのか、先が見えないことが特にベンチャーや小企業にとって大きな阻害要因になっているのは確かだろう。

バイオ燃料用作物開発者からも不満

食用作物と異なり、バイオ燃料用作物では消費者や食品業界の受容意識は影響しない。さらにスイッチグラス(イネ科)のような草本類や樹木は食用作物ではないので、食品流通ルートへの混入や食品安全性審査の問題も生じない。しかし、バイオ燃料用組換え作物の研究者からも、米国の審査制度に不満が高まっている。オレゴン州立大の Strauss 教授らは、2010年10月の BioScience 誌で 「米国は政策で、石油依存を減らし、非食用作物によるバイオ燃料の開発を促進するといいながら、組換え樹木や草本類の試験栽培を停滞させている」 と批判した。この論文では、食用作物の微量混入など組換え作物の規制・審査制度全体に関わる問題にもふれているが、バイオ燃料用関係ではおもに3つの問題をあげている。

(1) 試験栽培の承認の停滞。米国では10エーカー(約4.1ヘクタール)未満の試験栽培は届け出制だが、新規形質を導入した組換え植物では、10エーカー未満でも農務省の承認が必要となる。バイオ燃料作物は、害虫抵抗性や除草剤耐性のトウモロコシやダイズと異なり、過去の知見が少ないため、承認が必要となる例が多いが、最近は申請から承認までの日数が長くなっている。とくに農耕地以外で栽培されるスイッチグラスでは、有害雑草化や交雑などを理由に小規模試験の承認もほとんど進んでいない。

(2) 連邦と州で異なる規制。たとえ連邦政府で承認されても、さらに審査・承認が必要な州もあり、厳しい条件が課せられる場合がある。

(3) 反対運動の影響。2010年7月、環境市民団体が耐冷性ユーカリの大規模試験栽培に対し、国家環境政策法に基づき、事前により包括的な環境影響評価を行うよう、承認取り消し訴訟を起こした(判決はまだ出ていない)。この影響で、農務省が他の組換え樹木や草本植物の試験栽培にも、不必要で非科学的なデータの提出を要求することが懸念される。

野外で試験栽培された系統がすべて実用化できるわけではない。小規模面積の野外試験は、有望な品種、系統を選抜する育種の場であり、広域での環境影響評価は次の段階の問題のはずだ。エデンスペース・システム社(バージニア州)の Lee らは 「たとえ実験室で有望と考えられる系統でも、野外で実際に栽培しなければ、ほんとに実用化できるのかわからない。環境への影響は実際にある程度の面積で栽培してみなければ評価できない」、「ほんとに将来有望なのか、実験室レベルでの期待に過ぎないのか、その判断さえできない状態が続いている」 と、審査制度の改善を求めている。これは土壌の有害物質を吸収する環境浄化(ファイトレメディエーション)用の組換え植物でも同じだろう。組換え技術と言っても、万能な魔法の技術ではない。たとえ環境浄化用作物が開発されても、たちどころに汚染土壌を浄化するようなものはできないだろう。しかし、最終的に利用できるかできないのか、どこを改良すれば有効な技術となり得るのかは野外での試験栽培によって初めて明らかになる。小規模の試験栽培が規制され停滞しているのはやはり異常な状態と言えるだろう。

おもな参考情報

Miller and Bradford (2010) The regulatory bottleneck for biotech specialty crops. Nature Biotechnology 28(10):1012-1014. (特殊用途組換え作物への審査の壁)

「組換え果物と野菜、研究は多いが承認はほとんどない」 (GMO-COMPASS, 2010年10月23日)
http://www.gmo-compass.org/eng/news/543.biotech_fruit_vegetables_lot_research_few_approval.html

Strauss et al. (2010) Far-reaching deleterious impacts of regulations on research and environmental studies of recombinant DNA-modified perennial biofuel crops in the United States. BioScience 60(9):729-741. (米国の規制制度がバイオ燃料用永年生組換え作物の開発と環境影響研究を阻害している)

Lee et al.(2009)Regulatory hurdles for transgenic biofuel crops. Biofpr 3(4): 468-480. (組換えバイオ燃料作物に対する安全性審査のハードル)

青いバラのパブリックコメント (米国農務省、2011年4月13日)
http://www.aphis.usda.gov/newsroom/2011/04/altered_coroses.shtml

農業と環境118号 GMO情報「ウイルス病抵抗性パパイヤ、承認までの長い道のり」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/118/mgzn11804.html

白井洋一(生物多様性研究領域)

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