本書は、北里大学農医連携学術叢書シリーズの第9巻として、今春に出版された。環境を通じた農と医の連携を目的に、「農医連携」の概念を発信する同大学が中心となって開催した、「農学と医療」や「食と健康」に関わるシンポジウムの講演と論議を取りまとめた記録が、本シリーズに着実に収められてきた。また、この「農医連携」を発信する主要な活動として、6年前から同学長室通信「情報:農と環境と医療」の刊行とホームページ掲載を通じて、多くの読者や関係機関に情報提供が続けられている。
6年間、60号にわたって刊行された「情報:農と環境と医療」には、農・環・医に関する国内外の情報、講演会、総説などとともに、「本の紹介」と「言葉の散策」のコーナーがある。本書はこの両コーナーに、著者が連載した記事から「農医連携」の科学に深く関わる項目を選び、編集した著作である。第一部「食の安全と環境と健康にかかわる本55選」と、第二部「言葉の散策30選」とから本書は構成されている。前者には著者が選び、歴史と原論、食と農、健康と医療、環境、安全に区分したさまざまな本が紹介され、後者には健康、環境、農の言葉を散策する著者の深い理解と思いが語られている。
「はじめに」の中に、「農医連携」についてこう書かれている。「農医連携の定義は何かと問われた場合、その回答は持っていません。その際、農医連携とはこれだなどと早急に定義する必要はないと思っています。」、「多くの方々の関心や協力や援助や努力によって、長い時間を経て、さらには地域を超えて初めて「農医連携」の部屋ができていくと信じています。すなわち、時空を超えた連携が必要なのです。」 この文章には、学長室通信と叢書シリーズの刊行や読者とのふれあい、シンポジウムの開催等を通じて、この間に著者が描いてきた「農医連携」についての思いがよく表されているように思う。
はじめにを読んで、本を紹介する第一部へと進む。農業・環境・医療を対象に多くの専門分野から国内外で出版された55編もの著書を読み、その要点を紹介し、解説を加えた著者の情熱と力量にまずは驚かされる。北里柴三郎を描いた本の紹介に始まる「歴史と原論」では、医学概論、農学原論、そして環境学原論の紹介の中に、“環境学の技法”や“水俣病の科学”の紹介を挿入して、環境学のめざすものや研究分野間の連携の重要性が解説されている。また、空中窒素の化学的固定法を発見したハーバーとボッシュのことを書いた“大気を変える錬金術”の紹介には、著者の得意とする専門の解説を加えながら、窒素と農業生産から窒素と肥満・爆薬、温暖化・オゾン層破壊までを、二人が体現した近代科学の明と暗とした大きな物語が描かれている。
「食と農」では、レスター・ブランウンの“フードセキュリティ”など7編を取り上げ、今世紀の世界の食糧需給予測が極めて困難なことを強調し、著者はわれわれに残された時間が短いことを警告している。「健康と医療」には代替医療、老化、肥満やインフルエンザなど17冊の本を取り上げて紹介し、「環境」では世界文明の盛衰と土壌を描いた“文明崩壊”やジェームズ・ラブロックの“ガイアの復讐”、ワールドウォッチジャパンの“地球白書”等とともに、環境ホルモンや化学物質等についての本の紹介にあてている。最後の「安全」には、“安全と安心の科学”がはじめに紹介され、この中には原子力事故を通して「過ちに学ぶ」ことが力説されている。また、国際原子力機関(IAEA)が提唱する安全文化の概念には、「組織内の必要な枠組みと管理機構の責任の取り方」、そして「あらゆる階層の従業員が、その枠組みに対しての責任の取り方および理解の仕方においてどのような姿勢を示すか」の二つの要素があることが述べられている。原発事故を引き起こした東京電力に、この安全文化の概念が果たしてあったのだろうか。ほかには、“食品報道のウソを見破る食卓の安全学”など5冊の紹介がある。
第二部は言葉の散策になっている。語彙(ごい)や格言、詩歌に対する著者の並外れた興味と博識を知る人は多い。ここに取り上げた35の言葉の散策にも、丹念に原典や辞書にあたり追究する著者の姿勢がよく表れている。「環境」の散策はおもしろい。古代中国で周辺、周囲を意味した「環境」の文字が、日本でエンバイロンメントの訳語として採用され、日本語経由で中国でも同じ意味に使われているというのだ。エンバイロンメントに「環境」をあてた人の着眼はみごとだと評している。この環境について、著者はこういってる。「人間の文化を離れた環境というものは存在しない。となると、環境とは自然であると同時に文化であり、環境を改善するとは、とりもなおさずわれわれ自身を変えることに繋がる。まさに人間が関与する事象なのである」と。
食と農、健康と医療、環境、安全の各分野から選び、解説を加えて本を紹介した第一部では、関心のある分野や興味ある本の紹介を選んで読むことができる。言葉を散策する第二部も同様である。こうした本書は、農医連携や食と健康に関心のある読者には、貴重な教則本となっている。
目次
はじめに
第一部 食の安全と環境と健康にかかわる本55選
歴史と原論/食と農/健康と医療/環境/安全
第二部 言葉の散策30選
健康/環境/農/その他