前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数(画像)
農業と環境 No.136 (2011年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(2): 情報化学物質・生態機能RP

自然の生態系では、植物・昆虫・微生物などの生き物がたがいにバランスを保って生きています。農地周辺の生き物によって作物の生長が妨げられると、私たちはそれらを雑草・害虫・植物病原菌とみなし、被害が深刻な時には、農薬や除草剤で一網打尽にしようとします。しかし、そうする前に、本来、生物間に備わっている、自然界で調和するための仕組みをうまく活用することができれば、薬品の使用量を減らしながら、作物を育てあげることができるはずです。

多くの生物は、自然界で同じ種の中や、別の種との間で、「化学物質」 という暗号を使って対話しています。生物が放出する様々な 「化学物質」 は、パートナーと愛を囁(ささや)きあったり、競争相手を排除したり、食物を探したりと、いろいろなことに利用されています。このような働きがある物質のことを、私たちは 「情報化学物質」 と呼んでいます。

ドリトル先生は、物語の中で、動物の言葉を理解し、特技を伸ばして活躍させました。科学の世界では、生物の言葉 (情報化学物質) を見つけて、その言葉の意味を理解し、うまく利用してやると、たとえば、農業環境中の特定の生物の行動を操作できるようになると考えられます。また、生物の特技 (生態機能) を見つけて、その力を伸ばしてやれば、人が期待するような農業環境を作ることもできるかもしれません。

このような考え方のもとに、現在、私たちが取り組んでいるテーマを、以下にいくつかご紹介します。

1.植物の化学物質(アレロケミカル)で雑草を抑える

雑草の生長を抑える力がある植物を、畑のまわりに植えることで、雑草の繁殖を直接抑えることもできるし、その植物から雑草の生長を抑える化学物質を抽出して、新しい除草剤の開発に利用することもできます。この化学物質は、もともと生物が自然界で放出していたものと構造が似ているので、環境に与える負荷が低いと考えられます。

ユキヤナギの生け垣のまわりには草が生えていない(写真)、抽出されたシスケイ皮酸の化学式(図)、群生するシラン(写真)

雑草の生育を押さえる物質(シスケイ皮酸)を生産するユキヤナギ(左)と被覆植物として効果があるシラン(右)

2.昆虫のフェロモンや植物の匂いを利用して害虫の発生を抑える

昆虫の多くは、「フェロモン」 と呼ばれる化学物質を使って、オスとメスの間で交信しています。「フェロモン」 を人工的に合成し、農地に「わな」として仕掛けると、害虫の発生状況を把握することができます。また、害虫をエサとする天敵昆虫の一部は、害虫にかじられた植物の 「匂い(化学物質)」 を使い、害虫を探すことがわかってきました。それを使って、農地の周辺に天敵を呼び集められるかもしれません。「フェロモン」 や 「植物の匂い」 を活用すれば、最小限の農薬を適切な時期に使用するだけで、効率的に害虫の発生を抑えることができると考えられます。

合成フェロモンに反応するガのオス(左)とフェロモンを利用したトラップ(中)、捕獲されたオス(右)

合成フェロモンに反応するガのオス(左)とフェロモントラップ(中)、捕獲されたオス(右)

害虫にかじられた植物が出す匂いによって、害虫の天敵である寄生蜂が飛んでくる(図解)

害虫の天敵である寄生蜂は、害虫にかじられた植物の匂いで害虫を見つけている

3.使用済み農業用プラスチック資材を分解する微生物

農業自体が環境にかける負荷を、農地に住んでいる微生物の力を借りて、減らすことができます。たとえば、農業ではたくさんのプラスチック資材を使いますが、生分解性プラスチックで作られた資材を使えば、使い終わった後に排出されるプラスチックゴミを集める手間と、ゴミの量を減らすことができます。強力な分解力を持つ微生物や酵素を使って、使い終わった生分解性プラスチック資材をすばやく分解できれば、便利です。

微生物を利用して、使用済みの生分解性プラスチック製品をすばやく分解する(写真と絵)

使用済みの生分解性プラスチック製品をすばやく分解する微生物を利用して、ゴミを減らす

4.土壌微生物が農地の物質を循環させている

農地の土スプーン1杯には、地球上に住む人の数と同じくらいの数の土壌微生物たちが棲(す)んでいるのをご存じですか? 土壌微生物の活動は植物が土から栄養を吸収するのに欠かせませんが、農地に入れた肥料の一部は、植物が吸収する前に、土壌微生物によって分解されて、ガスとなって空中に発散してしまいます。このガスは、地球温暖化の原因になると考えられています。農地で発生するガスの量を減らすためには、原因となる微生物を突き止めて、これらの微生物の数を減らしたり、活動を鈍らせる方法を考えなくてはなりません。

農地の物質循環における微生物の役割を明らかにする(写真と絵)

農地の物質循環における微生物の役割を明らかにする

このように、農地に棲(す)む生物の力を知り、上手に利用することで、環境への負荷を減らしながら、楽して、おいしく、安全な作物を作る農業ができるように、私たちは日々、研究をしています。

(情報化学物質・生態機能RP)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事