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農業と環境 No.147 (2012年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

アメリカ自然人類学会年次大会 (4月 米国) 参加報告

アメリカの地方大学はこぞって学会を主催しますが、そのおかげで観光地としては国際的にあまり知られていないアメリカの地方都市を訪れる機会を得られます。筆者は4月11から14日までアメリカ西海岸のオレゴン大学が主催した第81回アメリカ自然人類学会(American Association of Physical Anthropologists, http://www.physanth.org/annual-meeting/2012)に参加し、オレゴン州のポートランド市を訪れました。出発前に調べたところ、日本から直行便でひとっ飛びという便利さもさることながら、全米でもっとも「エコ」な都市として知られていることに感激しました。

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ポートランドの繁華街と路面電車

ポートランドは、科学雑誌の Popular Science 誌によって、全米でもっとも「緑」な50都市(America's 50 Greenest Cities)で1位になるなど、もっとも持続可能な発展を志す都市、もっとも住みやすい都市に、メディアや団体にたびたび選ばれています。 Popular Science 誌によると、ポートランドは消費エネルギーの半分が再生可能エネルギーであり、通勤者の4分の1が自転車や公共交通機関を利用し(アメリカではこれが高い割合とされるようです)、35棟のビルが全米グリーンビル協会(U.S. Green Building Council)の認定を受けているそうです。市役所には 「企画と持続性(Bureau of Planning and Sustainability)」という名称の部署まであります。

旅行者にとってありがたいことに、鉄道が空港に直結しているのでポートランドの中心部まで、安く、すばやく到着できました。さらに興味深いことに、郊外では普通の鉄道として快走しながら、繁華街に入ると路面電車としてゆっくり走行して市中心部は無料で乗り降り自由となり、郊外と都市がシームレスに結ばれています。市中心部はホテル、劇場、レストラン、デパートが程よく歩きやすい範囲にあり、エコな都市としての評価に納得しました。

自然人類学は生物学の理論と手法で人類を研究する学問分野です。化石、骨、遺伝子から人類の進化を探求する研究がこの分野の花形とも言えますが、その他には医療、栄養、成長といった、生物学と生活が交わる、人間の生態に関わる地道な研究も幅広く行われています。たとえば、農耕民の栄養や病理を、他民族や現代人と比較する研究があげられます。

さらに、人間と他の動物種とのかかわり合いの研究も自然人類学者によってさかんに実施されています。この中で、その名も「民族霊長類学」(ethnoprimatology)という、サル類と人間の双方の生態と社会を同時にじっくりと調査する研究が新しい分野にまで発展しています。近年、とくに民族霊長類学の注目を浴びている課題に、サル類による農作物被害があげられます。農民が苦労をして植えた作物をサルが収穫前に食べてしまう問題が、世界各地で発生しています。農地を介するサルと人間の軋轢(あつれき)を何とか解消しようと、研究者は、いつ、どこの農地で、どのような作物が、サルによる被害にあうのか、緻密(ちみつ)な野外調査を実施しています。

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学会の会場となったホテル

今回の学会で発表された研究の一つに、カリブ海のセント・キッツ島の例がありました(1)。この島には、300年前に持ち込まれたアフリカのバーベットモンキーが生息していますが、このサルが農作物を荒らします。研究者らは島の3分の1の農家を対象に、12か月間継続して農作物被害の実態を調べました。被害は農家の52%で発生し、被害の程度がサルの生息地である森林や水飲み場からの距離、農地を見張る努力、近隣農家の数、果樹の実り具合などと深いかかわりがあることを突き止めました。

このような研究では、現地調査による農家からの聞き取りとともに、農地周辺とサルの行動圏に関する地理情報を詳細に調べたうえで、地理情報システム(GIS)と呼ばれる地理データ解析のための専用ソフトでそれらのデータを統計的に分析する手法を駆使しています。

筆者の発表も地理情報の解析に関するものでした(2)。カーナビでおなじみのGPS(Global Positioning System)を活用するデータ解析手法について発表しました。近年、あらゆる分野の研究者が野外調査中の位置情報をGPSで収集するようになりました。しかし、簡単に位置情報を大量に収集することが可能になったために、研究者はうれしい悲鳴をあげている状況になっています。GPS装置は研究者が野外調査中に携帯したり、あるいは動物に装着したりして、その動物の位置を定期的に記録する方法で生息地の中をどのように移動するかを調べるなど、さまざまな用途があります。いずれの場合も、あまりにも多い位置情報をどのように解析するべきか、野外調査がともなう各研究分野で緊急の課題となっています。

GPSによって取得される位置情報を有効に利用する方法の一つは、何らかの活動の記録と位置情報を対応させることです。活動とは研究者自身の活動記録であったり、調査地点の特性であったり、追跡調査している人々や動物の活動であったりします。位置と活動を対応させることにより、どこでどのような活動が発生しているか地図化したり、分布や配置関係を解析したりすることが可能になります。

筆者は、共同研究者が野生のニホンザルの追跡調査によって収集した詳細なサルの活動記録を、同時に収集したGPS情報と対応させて、追跡観察中の個体が山林の中を移動しながら食べたりたり休んだりする一日の様子を地図化しました。そして、休んでいた場所や食べていた樹木の間の距離や移動に費やした時間と速度を計算し、活動の変化にともなってサルの移動距離が変化することについて発表しました。

この発表で自分としてはGPSやGISを利用する最先端の研究を紹介した・・・つもりでしたが、今回の学会でGPSとGISの活用が研究のあらゆる場面で急速に発展していることに驚きました。ほとんどの野外調査で研究者はGPSを携帯しています。さらに大掛かりなプロジェクトでは複数の調査員全員に常時GPSを持たせ、継続的に位置情報を取得しています。これらは調査そのものの記録になると同時に、調査対象の人々や動物の広がりと動きをリアルタイムで記録しては統計解析をすることで、お互いに影響しあいながら移動して生活している様子が研究され、その動きが動画として放映されることにより学会発表の一部となっていました。今までもパソコン画面にビデオを見せる学会発表はしばしば見受けられましたが、地図についても、もはや一枚の静止画像ではものたりない時代になっていました。これからますます、データの取得から解析を通して発表にいたるまで、GPSとGISを活用する手法を磨いていく必要性を痛感いたしました。

(生態系計測研究領域 D.スプレイグ)

(1) K. M. Dore (University of Wisconsin-Milwaukee). Assessing farm risk to crop damage by vervet monkeys (Chlorocebus aethiops) in St. Kitts, West Indies.

(2) D. S. Sprague (NIAES) and M. Nishikawa (Kyoto University). Linking GPS data with behavior to study the travel ecology of the Japanese macaques of Yakushima Island, Japan.

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