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農業と環境 No.152 (2012年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 330: 景観の生態史観 攪乱が再生する豊かな大地、 森本幸裕 編、 京都通信社(2012年7月)ISBN978-4-903473-51-2

「景観」、「生物多様性」、「人の営み」。これらは2009年に朝日新聞社と森林文化協会が、人の営みが育んだ美しい 「にほんの里100選」 を全国から選ぶ基準となったキーワードだ。自然の景観が生物多様性を育み、その景観を人の営みが創ると考えれば、この三者は一体のものといえる。

三者を代表する場として、よく里山が取り上げられる。雑木林や松林などの二次林、草地、農地、集落をセットにした里山には、人が自然に手を加え、その恵みを再生利用することで、人の暮らしが長く維持され、生物の多様性が守られてきた。

本書には、里山はもちろん、水田や小川から都市空間まで、多くの場で人の営みに適応して生きる多様な生物の姿が描かれている。水田で季節ごとの農作業を巧みに利用する生きものたち、小川に棲(す)むオオサンショウウオと小さな自然再生の活動、都市にうまく棲みついた鳥たちなど、40人もの研究者がそれぞれの生態を生きものの視点から紹介している。そのひとつ一つは専門性の高い内容だが、テーマごとに4ページの紙面をあて、図表を交えてわかりやすく解説したことが読者の理解を助けている。

ところで、本書は人の営みと生きものとの関わり合いや共存について、単に解説することを意図したものではない。生態系や生物多様性が豊かな里山に適度な人為攪乱(かくらん)(農耕、間伐など)を加えながら、生物多様性を維持し高い生産性に依存してきたことは前に述べた。これに対して、編者は 「現代の工業化、都市化、侵略的外来種の侵入は、非可逆的に生物多様性への大きな攪乱となっていることが少なくない。生物多様性と生産力を損なわない土地利用の地球全体の計画とデザイン、それにプログラムが、景観生態学の課題である」 と、第1章の冒頭で述べている。 「科学も技術も経済も発展しているのに、なぜ、生物多様性の危機を救えないのか」 が、本書の大きなテーマになっている理由でもある。生物多様性とは何かとともに、人の営みが生物多様性を守り、本書の副題である 「攪乱が再生する豊かな大地」 につながることを、わかりやすく学ぶ書となっている。

目次

はじめに

第1章 日本の自然はモザイク模様

01 攪乱プロセスが生み出すハビタットの多様性と資源

02 先年の都の攪乱と再生の景観生態学

03 温暖化したら、植物たちは・・・

04 あなたは自然にいくら払いますか

第2章 ほどほどに「乱される」ことでつながる命

01 「田んぼ」は、ほんものの自然じゃない?

02 農作業の攪乱を巧みに利用する生きものたち

03 湿地としての田んぼの価値

04 マガンの越冬地、フナの産卵場所にもなる田んぼ

05 ダルマガエルの棲む水田

06 ハス田と人の手が守った生物多様性

07 勢力を拡大するツルヨシは劣化する河川環境の象徴か

08 連続的に変化する川を捉える

09 イリ川のデルタ湿地帯は、なぜ塩害を免れているのか

10 淀川のシンボルフィッシュの復活にかける

11 モリアオガエルはどこにいる?

12 台風で破壊された森はどう再生されるべきか

13 保護が招く自然のツツジ群落の衰退

14 「安定が大敵」の砂浜の植物

15 ウロは哺乳類、鳥類の貴重なハビタット

16 糺の森の植生の変遷――アラカシの脅威

第3章 「災い」を「恵み」にかえる賢い適応

01 湖西の里山景観が現代に贈るメッセージ

02 豪雪地帯に暮らす里山の知恵

03 「にほんの里」のイメージと現実

04 火入れと利用が守る草原の生態系

05 屋敷林という景観に秘められた先人の知恵

第4章 都市化の影響と最適化のバランス

01 生態学の視点で都市空間をみつめると・・・

02 都市にうまく棲みついた鳥たち

03 エコロジカル・ネットワークの可能性と未来

04 竹を侵略者にしてしまった日本人の後悔

05 熱帯雨林の野生生物の塩なめ場とその保全

06 多様性保全の方向を示唆するシダ植物と微地形の相性

07 絵図と古文書で読み解く社寺林の秘密

08 「管理された攪乱」によって保全される日本庭園のコケ植物

09 階段を上るオオサンショウウオ

10 みんなで取り組む流域治水 <ソフト編>

11 みんなで取り組む流域治水 <賢いハード編>

第5章 「生きもの目線」にもとづく自然再生

01 都市の自然環境のグランドデザインと生物多様性

02 都市緑化技術の新しき展開に夢を託す

03 自然林を再生する人類の叡智と自然観

04 自立した森「自然文化圏」の挑戦

05 生きものの聖域「いのちの森」の誕生

06 都市公園でトリュフをみつけた!

07 生態系モニタリングに見る驚嘆すべき15年の変遷

08 名古屋の自然環境インフラ―努力と成果

第6章 震災復興 生態学からのアプローチ

01 震災復興の二つの道、「要塞型」と「柳に風型」

02 東日本大震災の湿地への影響と水鳥

03 用と美を兼ね備えた白砂青松の景観と大震災

04 復興へのシンボルとなる被災地の社叢

執筆者の紹介

おわりにかえて

「景観生態学」のまなざしをたずさえて、いざ、フィールドへ

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