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農業と環境 No.153 (2013年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 作物害虫(カメムシ)の共生細菌による殺虫剤抵抗性の獲得

Symbiont-mediated insecticide resistance.
Kikuchi, Y. et al.
Proceedings of the National Academy of Sciences, 109, 8618-8622 (2012)

同じ農薬(殺虫剤)を継続的に散布していると、その殺虫剤に抵抗性をもった害虫が現れ、作物生産に大きな被害をもたらすことがあります。通常、この殺虫剤抵抗性は害虫自身の遺伝子に変化(変異)が生ずることによって獲得されます。しかし著者らは、害虫が消化器に殺虫剤を分解する細菌を共生させることによって殺虫剤に対する抵抗性を獲得するという、新規なメカニズムを発見しました。

本論文に至る経緯

多くの昆虫は体内に微生物を共生させていることが知られています。著者らはすでにダイズの害虫ホソヘリカメムシがユニークな微生物共生系を持つことを見いだしていました。ホソヘリカメムシの消化管には袋状の組織が多数発達した盲嚢(もうのう)と呼ばれる特徴的な部分があり、そこに微生物を共生させています。この微生物は Burkholderia (バークホルデリア) 属の細菌でした。また、ほとんどの昆虫類では共生細菌は母から子へと直接伝えられますが、ホソヘリカメムシは、土壌中に生息する Burkholderia 属の細菌を世代ごとに新たに盲嚢に取り込んで共生することが見いだされました。これらの共生細菌を分離して性質を調べると、これまで土壌から分離された有機リン系殺虫剤(フェニトロチオン)を分解する Burkholderia 属の細菌と、きわめて近い仲間であることが明らかになりました。

論文の概要

そこでフェニトロチオンを分解する Burkholderia 属細菌は、カメムシの盲嚢に共生できるのか、そしてカメムシのフェニトロチオンに対する性質にどのような影響を与えるのかという疑問が浮上しました。

これまで日本の複数の土壌で、フェニトロチオンを連続散布すると Burkholderia 属のフェニトロチオン分解菌が優占的に増加することが明らかにされています。そこで土壌を詰めたポット (植木鉢) にフェニトロチオンを継続的に散布し、分解細菌の数を増加させた土壌でダイズを栽培してカメムシを飼育しました。その結果、カメムシは盲嚢に分解細菌を取り込みフェニトロチオンに対する抵抗性を獲得したのです。分解細菌を共生させたカメムシの大きさなどの性質は、フェニトロチオン分解能をもたない細菌を共生させたときと同じであることもわかりました。このようにして、農地にフェニトロチオンが散布され土壌の分解細菌が増加すると、カメムシが分解細菌を共生させてフェニトロチオン耐性を獲得することが証明されました。この発見は殺虫剤抵抗性は害虫の遺伝子の変化によって獲得されるという定説を覆すものでした。

さらに著者らは、フェニトロチオンが散布されている一般の農地 (サトウキビ畑) で採取したカンシャコバネナガカメムシが分解細菌を盲嚢に共生させて抵抗性を獲得していることを見いだし、実際の農地でもフェニトロチオンを分解する細菌の取り込みによりカメムシが抵抗性を獲得することが明らかになりました。

共生細菌による害虫の殺虫剤抵抗性の獲得が、実際の農耕地でどの程度発生しているのかは現在のところ不明です。今後は、どの程度のフェニトロチオン散布で土壌中の分解細菌が増加するのか、そしてその分解細菌がどのような経路で害虫に取り込まれるのかを明らかにしていく必要があります。一方、カメムシから分離した分解細菌が、フェニトロチオン以外の有機リン系殺虫剤も分解できることがわかりました。このことから分解細菌が害虫に複数の農薬に対する抵抗性を付与する可能性についても究明する必要があります。

多胡香奈子 (生物生態機能研究領域)

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