地球温暖化と農業
地球温暖化が化石燃料の使用により進むと指摘されて久しいですが、実は農業活動も温暖化に影響しています。地球温暖化をもたらすのは温室効果ガスとよばれる気体(ガス)で、農業活動に関係するものは主に二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)そして一酸化二窒素(N2O) の3種類です。これらのガスが 「どれだけ温暖化に寄与するか」 は、温暖化係数(GWP)という数値で比較することができます。GWP は、二酸化炭素による温室効果を1として、同じ重さあたりのその他のガスの温室効果を表します。メタンは 25、一酸化二窒素は 298 となっており、二酸化炭素よりずっと温暖化させる力が強いことがわかります。これらのガスは大気中濃度も、発生の仕方も、消滅・吸収の仕方も異なるので、都合よく制御することは容易ではありません。このコラムでは、これらの3つのガスのうち、メタンの発生を削減する方法についてお話します。
水田とメタン
メタンは、湛水状態にある水田で発生します。水田のメタン発生量は、わが国の人為起源のメタン総発生量の約30%ほどを占め、主要な発生源の一つです。メタンは、自然の湿地でも発生しますが、水田のほうが多く発生します。それは、稲作の肥培管理に原因があるのです。
水田では、土壌の肥沃度を高めるために堆肥を入れたり、稲わらや麦わらをすき込んだりします。この新鮮な有機物は、土壌中で微生物によって分解されて有機酸に変化します。水を張った水田は、徐々に嫌気的 (酸素が欠乏する状態) に変化していくため、嫌気的状態を好むメタン生成菌の活動が高まり、有機酸からのメタン生成を促進します。さらに、イネの茎は文字通りストロー状態であるため、発生したメタンは茎内を通り大気中に放出されます。イネの茎は「煙突」のような役割をするわけです。このように水田は、 1.メタンを生成する「材料」(有機物)の投入、 2.メタン生成菌の活性化、 3.効率的な大気中への輸送、という3要素の相乗効果により、非常にメタンを発生させやすい場となっています。
なお、水田から発生するメタンは写真のようなプラスチックの箱 (チャンバー) を田面にかぶせて、ガスを採取し、一定時間におきる濃度上昇を測定することで算定します。イネの場合は、茎を通過するメタンが重要なので、チャンバーは植物体をすっぽり覆うような大きさにします。ガスの分析は非常に手間のかかる作業ですが、現在は、3つのガス (二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素) を同時に計測できる装置 (温室効果ガス3成分同時分析計) を開発し、効率的に濃度測定を行っています。
水田から出るメタンを減らす作戦
水田の肥培管理は、温暖化を防止するためといってもそう簡単に変えられるものでもありません。けれども、先に説明したメタン発生のメカニズムを知ることで、メタン削減のための作戦を立てることができます。有機物の土壌への投入については、稲わらのすき込みを春より前年の秋に行うほうがメタン発生量が少なくなります。また、稲わらより堆肥をすき込むほうがさらに少なくなります。メタン生成菌の活動抑制は、水管理の工夫によって可能です。私たちが行った試験や全国8県の試験によると、中干し (栽培期間の中期に1〜2週間水田の水を落とすこと) の期間を慣行より1週間程度長めに行ったり、間断灌水(かんすい)を行ったりすることで、メタンが30%程度削減できることがわかりました。残念ながらイネの茎の通気量を減らす技術は今のところみつかっていませんが、有機物の投入や水の管理を工夫することで、メタンの発生量はうまくいけば50%程度削減できる可能性があります。
1ヘクタールの水田から発生するメタンの量は GWP により二酸化炭素に換算すると5トン程度であり、そのうち2トン減らすことができれば、乗用車1台が1年に放出する二酸化炭素量に匹敵します。水稲作は大切な産業ですから、地球にも優しい持続的な農業をめざしてともに取り組んでいきましょう。
*詳細については研究所のウェブサイトで(「農業環境」で検索)
物質循環研究領域 須藤重人
農業環境技術研究所は、農業関係の読者向けに技術を紹介する記事 「明日の元気な農業へ注目の技術」 を、18回にわたって日本農民新聞に連載しました。上の記事は、平成24年(2012年)9月25日の掲載記事を日本農民新聞社の許可を得て転載したものです。
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