2014年5月12日から14日まで、中国南京市で開催された iLEAPS 2014 国際会議に参加しました。iLEAPS (Integrated Land Ecosystem-Atmosphere Processes Study、統合陸域生態系−大気プロセス研究計画) は、地球システムの大気と陸域の境界で起きている諸過程の理解促進を目的とした国際研究計画で、地球・地域環境のあらゆる環境および生物が関わっており、計画全体の枠組みも大きなものです。今回の会議では、フィールドでの調査研究を通して諸過程を理解するとともに、さまざまな過程が関わる複雑なプロセスをモデルで整理・説明していく研究発表が行われました。
前回、2011年9月にドイツで開催された会議に比べると、統合的なモデルを作成して評価する研究が全体として主流となってきているという印象を受けました。それぞれの現象について実験・観測研究による理解が進んだことで、研究の中心がフィールドからモデルに移り、シナリオを作成して講釈する形式の研究が増え、ある種の漫才を聞いているような印象を受ける発表もありました。前提条件、仮定やデータの選択など、話の進め方しだいで結論が異なってくる場合もあり、発表内容に疑問を呈する質問が出る場面も見られました。また、モデル研究はどの国でもできるので、研究者間の競争が厳しくなります。実験研究と連携した組織力やデータ使用権が重要であり、データ使用の優先権や国際ネットワークを持つ大国が有利な点も感じました。
個々の研究発表のなかでは、以下の発表が印象に残りました。
◎窒素循環における HONO (HNO2) の寄与が、想定していたよりも大きな場合があること
◎評価が不十分な樹木幹からのモノテルペンの放出に関する実験的な研究
◎さまざまな土地利用変化による窒素酸化物や揮発性有機化合物 (VOC) の発生量の変化が、オゾン生成能を通じて健康リスク(死亡率)に及ぼす影響のモデリング
これは、IGBP から Future Earth へという地球環境分野の国際研究プログラムの再編を反映しているかもしれないとも思われました。
また、iLEAPS-Asia Discussion Meeting という集会が開催され、iLEAPS とアジア地域の研究をまとめて、どのような研究を進めていくかについて話合いが持たれました。アジア各国の研究プロジェクトの動向について報告がありましたが、研究体制の違いなどから、それらを有機的に結合することはなかなか難しいように思われました。そもそも、iLEAPS は統合に関する情報交換の場所を提供するものであり、統合のしかたは研究によってさまざまなので、まとまらないのも無理がないとも考えられました。
今回の国際会議に参加しながら考え、谷晃准教授(静岡県立大学)とも話し合った点は、日本は国土面積が小さく、他の国に比べて環境問題のターゲットが限られていることです。日本がすでに環境先進国であることも理由の一つですが、大気環境研究の対象フィールドとして魅力が小さいことを感じました。すなわち、国際的な視野で考えた場合、日本国内のみをフィールドとしていたのでは世界的な大気環境問題を解決するための研究としての意義は小さく、外国との共同研究においても魅力のある課題を提供できない。たとえば、東アジアの大気汚染物質濃度の増大に伴う日本のオゾン濃度上昇や日本への黄砂の飛来は、いずれも発生源国である中国が中心となる課題であり、中国で研究が進めば、日本国内では副次的な研究課題にしかなりません。実際に、最近は中国でこれらの課題の研究が進んでおり、日本の研究者の立ち位置は非常に難しいと感じられました。
国際会議の後、南京から杭州に移動する際に、新幹線から外の状況を撮った写真を示します。中国では、夏季を除くと、晴天でも空気がよどみ、かすんでいる日が多くあります。水蒸気のためか大気汚染物質によるのか、判断が難しいのですが、大気輸送モデルによると多くの場合は汚染物質によると考えられます。中国の研究者はこのような環境汚染に日々接しているといえます。
杭州の浙江大学では、植生からの VOC の調査に参加しました。袋掛け法(閉鎖式チャンバー法の一種)による発生・吸収量の調査です。さまざまな植物種を複合的に育てた実験区を作成して、VOC の発生量を調査しました(写真)(採取した空気サンプルは、日本に持ち帰って分析)。大きな人口母数から厳しい選抜を経ているためか、中国の学生は一般に勤勉で、研究活動においても重要な役割を果たしています。日本の大学院生は学費を払うのが基本ですが、中国の大学院生には生活費相当が支給されます。これは学生の意識の面でも、とても重要と考えられました。
また、中国の学生たちは、一年のうち3か月実験を行ったら、残り9か月は論文の作成に集中し、実験に多少、不十分な点があっても、理論でなんとかものにしてしまうこともあるとのことです。日本の多くの研究者が、アイディアはあっても、ともに研究を担う学生がいないために、なかなか研究が進まないことも多いのと対照的でした。
謝辞: 今回の出張は、静岡県立大学の谷晃准教授が課題代表者である日本学術振興会二国間交流事業オープンパートナーシップ共同研究 「中国メガシティー杭州の大気環境の動態把握と植物への影響評価」 の支援を受けました。
大気環境研究領域 米村正一郎