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農業と環境 No.174 (2014年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 屋外環境下でのイネの全遺伝子発現量の変動とその予測

Deciphering and Prediction of Transcriptome Dynamics under Fluctuating Field Conditions
Atsushi J. Nagano et al.
Cell, 51(6), 1358-1369 (2012)

植物の遺伝子の発現量は、それらが生育している環境によって大きく左右されることが知られている。イネは約3万個の遺伝子を持つが、環境に依存した個々の遺伝子の発現量の変化が、イネの生育に大きな影響を与えていることが予想される。イネなどの植物の遺伝子発現量の環境に対する応答性は、実験室における制御された環境の下で調べるのが一般的であり、実際にイネが栽培されるような屋外環境での発現特性について調べた研究は少ない。

本論文では、屋外環境下(つくば市内の実験ほ場)で、2008年の6月から9月にかけてさまざまな時刻(9セットの2時間おき48時間サンプルを含む)と気象条件における、イネ(日本晴と農林8号)の461枚の葉のサンプルを取得し、DNAマイクロアレイによって全遺伝子の発現量(トランスクリプトーム)を網羅的に分析した。このようにして得られた全遺伝子の発現量の変動を統計的に解析し、気象条件、移植後日数、サンプリング時刻の3つの変数の関数として表すことを試みた。ここで気象条件としては気温、相対湿度、気圧、風速、全天日射量、降水量の6つの要素の中から、発現量の変動を最も高い精度で表すことができる要素を1つ選択した。またサンプリング時刻は、概日時計の影響を表すために必要な変数である。

これらの解析から、イネの葉で発現している遺伝子の 96.7%(17,193 個)が上記の3つの変数で予測できることがわかった。予測可能な遺伝子のうち、42%(7,304 個)の遺伝子が気象条件に対する依存性を示した。ここで選択された気象要素の内訳は、気温(遺伝子数 4,838 個)、日射量(1,347 個)、相対湿度(657 個)、風速(197 個)、気圧(156 個)、ならび降水量(109 個)となり、気象条件に対する依存性を示す遺伝子全体の 66%は、気温によって発現量の気象応答性がもっともよく説明できることがわかった。またトランスクリプトーム全体として見ると、屋外環境における各遺伝子の発現量の変動は、概日時計の影響をもっとも強く受けており、それに引き続いて気温と日射量の影響を受けていた。それに対して、移植後日数(イネの日齢)の影響はそれほど大きくないことがわかった。

2008年のデータから得られた予測式を用いて、2009年と2010年の屋外ほ場で栽培されたイネの葉の遺伝子発現量を算定した結果、実際の発現量を高精度で予測できることが確認された。また現在の気温から±5℃変化した場合、セルロース合成酵素などの特定の機能を持つ遺伝子の発現に大きな影響が出るという結果が得られた。

2010年は夏の気温が観測史上でもっとも高かった年であり、そのような条件での予測式の妥当性が示されたのは特記すべき事項である。

著者らはイネや野生植物を対象に、野外環境下での遺伝子発現研究(フィールド・トランスクリプトミクス)を推進している1)2)。実験室で得られた分子生物学的な成果を実際の農業現場での課題に応用するにあたり、このような取り組みは重要と判断される。本研究で得られた成果が、気候変動下におけるイネの安定生産技術の開発や温暖化に対する適応策などに貢献することを期待したい。

引用文献

1) 永野 惇、フィールド・トランスクリプトミクスから30年後の生物学を考える、光合成研究、23 (3) 129-135 (2013)

2) 永野 惇・工藤 洋、屋外の環境における生物の環境応答の理解に向けて:トランスクリプトームデータと気象データの統合、領域融合レビュー、 3、 e009 (2014)、 DOI: 10.7875/leading.author.3.e009

桑形 恒男 (大気環境研究領域)

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