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農業と環境 No.176 (2014年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 淡水汚損生物:生物学的特徴と影響、そして生態系の改変

Biofouling animals in fresh water: biology, impacts, and ecosystem engineering
D. Nakano and D. L. Strayer
Frontiers in Ecology and the Environment 12: 167-175 (2014)

汚損生物 (Biofouler) とは、水の底や壁面に高密度に集積することで人間の生活基盤や活動に悪影響を及ぼす生物のことです。海辺の消波ブロックや船着き場の浮きなどに密生しているフジツボやカメノテ、イガイなどの生物を思い浮かべると分かりやすいかもしれません。これらの生物は水回りの構造物の壁面を覆ったり、水を運ぶパイプを詰まらせたりすることで、人間の生活に悪影響を及ぼします。また、大量に発生し腐敗することで、飲料水の水質を悪化させるなどの被害もあります。

これまでの汚損生物の研究は、おもに海に生息する種類を対象としてきており、淡水に生息する汚損生物の研究は海産のものほど多くはありませんでした。しかし、淡水生の汚損生物には、近年国内の農業施設等でも問題になっているカワヒバリガイやタイワンシジミなどの二枚貝、海綿動物、トビケラの幼虫などの昆虫類などが含まれ、これらの生物のバイオマスは時として1平方メートル当たり数百グラムから何十キログラム(湿重量)にまで達します。

今回紹介する論文は、淡水に生息する汚損生物の世界的な現状を概観し、とくに淡水汚損動物(注:この報告では植物は対象外ですが、実際には付着藻類など植物による汚損生物被害もあります)による経済的・生態学的な影響についてレビューしています。この中で著者らは、淡水汚損生物による経済的・生態学的な影響はすでに甚大であり、今後その規模は増大する可能性がきわめて高いと述べています。

淡水汚損生物による経済的な被害の大部分は発電施設と水処理施設に生じています。著者らは北米大陸での水需要と淡水汚損動物の被害額との関係をもとに、全世界の淡水汚損生物による現時点での経済的被害を、おおよそ年間2億7700万米ドルと試算しています。この試算には動物以外の汚損生物の被害や農業用灌漑(かんがい)施設や砂浜・ボートなどのレクリエーション関連施設への被害、そして生態系へ及ぼす被害への潜在的コストなどが考慮されていません。そのため、この推定値はかなり過小推定であると述べています。世界的に見ると、アジアや南米などの地域では発電施設への被害額の推定値は低い値にとどまっていますが、経済の成長とともにこういった発電施設への需要が増大すれば、これらの地域でも淡水汚損生物による経済的被害額は増大し続けると予想されます。

汚損生物の多くは、水中に大量の有機物を集積させることを通じて生態系の物理化学的環境を改変する「生態系エンジニア」となって、他の生物に強い影響を及ぼします。たとえば、不安定な基質の上に二枚貝や海綿動物が大量に発生することで、これらの基質は安定化し、基質の中への水の流入が妨げられるために溶存酸素量が低下し、基質表面の構造の複雑さがさらに増加します。二枚貝など、水をろ過して水中の有機物を摂取する生物は水の透明度を上げ、水中に溶けているリンや窒素の量を増加させます。まだ限られた種でしか示されていませんが、汚損生物が生態系エンジニアとして生み出す環境の変化にはさまざまなものがあり、こういった変化は周辺の生物群集に大きな影響を及ぼします。

人間のさまざまな活動は、淡水汚損生物の被害をより大きくする方向に作用します。たとえば、人間の活動にともなう汚損生物の分布拡大(注:カワヒバリガイやゼブラガイなど、問題を引き起こす汚損生物の多くは外来種です)、富栄養化によるえさの供給、人工構造物の建設や水質改善による生息場所の提供などです。また、水資源開発や発電施設のようなインフラの開発が進むことで、汚損生物と人間が接する機会が増大し、より多くの費用を対策に費やす必要が出てくるでしょう。

今後増大する淡水汚損生物の被害に備えるために、より多くの研究と施策、そして技術開発が必要になります。これまでの淡水汚損生物の被害と対策にかかわる知見はおもに発電施設や水処理施設を対象としており、生態系エンジニアとしての知見はゼブラガイやカワヒバリガイ、タイワンシジミ類などごく一部の種に集中していました。今後重要になる研究として、農業や水産業など、発電や水処理施設以外の領域での研究、生態系エンジニアとして二枚貝類以外の種を対象とする研究、生態系サービスを含む経済的コストの研究、人間の活動と汚損生物被害の関係の研究などが挙げられています。

伊藤健二 (生物多様性研究領域)

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