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農業と環境 No.179 (2015年3月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

国際窒素セミナー「環境への窒素負荷−問題の本質をいかに評価し浮き彫りにするか−」 開催報告

独立行政法人農業環境技術研究所 (農環研) は、2015年2月10日(火曜日)、農環研本館において、国際窒素セミナー 「環境への窒素負荷−問題の本質をいかに評価し浮き彫りにするか−」 を開催しました。

日本では、農林水産省の環境保全型農業直接支払 (化学肥料5割低減と緑肥または堆肥の導入) やエコファーマー認定制度など、より環境に配慮した農業の実現に向けた取組みが進められ、窒素の環境負荷がより少ない農業の実現が期待されています。しかし、日本の国レベルでの窒素収支は、過去数十年間にわたってほぼ一定であり、大幅な窒素収支の低減を実現した欧州各国とは大きな差が生じています。一方 、中国や韓国など、アジア各国では窒素収支が増大する傾向が見られ、窒素負荷による富栄養化などの問題は日本を含む各地で生じています。

そこで、本セミナーは、国レベルでの大幅な窒素負荷削減を実現し、さらなる窒素負荷削減に向けて世界をリードする欧州と、アジアでの窒素負荷削減を進めるうえで中心となる中国から、最先端の窒素研究者を招へいして最新の知見を得るとともに、日本国内における窒素負荷の現状を紹介し、今後の窒素負荷削減に向けた具体的取組みなどについて、情報交換および意見交換を行うことを目的として開催しました。

開催日時: 2015年2月10日(火曜日) 13:30−17:15

開催場所: 農業環境技術研究所 本館5階 中会議室

使用言語: 英語

参加者: 計40名 (内訳: 外国人招へい者2名、大学10名、県研究機関1名、国独法(農水以外)研究機関3名、農研機構2名、農環研22名)

プログラム:

国際窒素イニシアチブとその地球規模での活動

Albert Bleeker (オランダエネルギー研究センター)

中国における窒素収支と肥料窒素の利用効率

Xiaoyuan Yan (中国科学院土壌科学研究所)

日本の農耕地からの窒素流出負荷

江口 定夫 (農環研)

日本の農耕地から大気への窒素負荷

林 健太郎 (農環研)

Bleeker 博士(写真1)からは、まず、INI(International Nitrogen Initiative、国際窒素イニシアチブ)は科学者で構成されるが科学と政策との相互協力を重視すること、INI の活動はさまざまな国際機関と連携し行われていること、INI の最終目的は持続的な食料生産における窒素の利点を最適化するとともに、人間の健康や環境に対する窒素の負の影響を最小限にすることであることなどの説明がありました。また、窒素過剰が WAGES(Water quality:水質、 Air quality:大気質、 Greenhouse balance:温室効果ガス収支、 Ecosystems:生態系、 Soil quality:土壌質)を劣化させる大きな脅威となっていること、その実態把握のためにいくつかの異なる簡易な窒素負荷指標が開発され、窒素負荷を低減するためにさまざまな国際的取組みが行われていることなどが紹介されました。

Yan 教授(写真2)は、中国における窒素負荷が過去半世紀にわたり増加し続けていること、そのおもな原因は、化学肥料窒素の使用量増加によることを述べました。また、人口密度と国民一人当たりの GDP(gross domestic product、国内総生産)が、窒素使用量増大のおもな原因となっていることを指摘しました。さらに、この数十年間で農地土壌中の全炭素・全窒素濃度が上昇し、その結果として、いわゆる地力窒素の供給が増大していること、中国における作物の窒素利用効率は低いが、そのおもな要因として、地力窒素を考慮しない過剰な窒素施肥量や、急増する人口を養うための食料確保が最優先であるため非常に高く設定された目標収量(たとえば、コメの目標収量は 9.75 t/ha であり、日本の平均収量の約 1.5 倍)などが挙げられることを述べました。

国際窒素セミナー(写真1)

写真1 講演する Albert Bleeker 博士

国際窒素セミナー(写真2)

写真2 講演する Xiaoyuan Yan 教授

農環研の江口主研は、日本での窒素負荷の主因は畜産と食品残さに由来する窒素であること、これらに含まれる有機態窒素の再利用と化学肥料の大幅な削減が、国レベルでの窒素収支削減に必要であることを述べました。また、日本の農地の硝酸態窒素による地下水汚染は依然として深刻であること、日本の農地土壌においても過去数十年間にわたり窒素が蓄積傾向にあること、日本の農畜産物のバーチャル窒素ファクター(食料生産・加工過程で環境中に排出された窒素量が、人間の口に入る窒素量の何倍に相当するかを表す数値)は欧米諸国に比べて高く、いわゆる「攻めの農業」を推進するうえでも食飼料システム全体での窒素利用効率の向上は喫緊(きっきん)の課題であることを指摘しました。

農環研の林主研は、窒素を大気中へ還元する大きな経路としての役割を農地が担っており、農地に施用、沈着、生物固定された窒素は、アンモニアや一酸化二窒素をはじめさまざまな窒素化合物の形態をとって、大気環境へ向けて放出されていることを示しました。また、水田では、施肥の方法がアンモニアの排出に大きく影響すること、水稲体そのものがアンモニアの通過経路として大きな役割を担っていること、一方、畑では、とくに黒ボク土においてアンモニアの排出が少ないこと、しかし、一酸化二窒素の排出は多く、その定量的評価のためには、不確実性の評価が大きな課題であることを指摘しました。さらに、野外の開放系での燃焼実験により、さまざまな窒素化合物が大気中へ放出されることを示しました。

会議後には、農環研内の食堂において意見交換会を開催し、リラックスした雰囲気の中、海外研究者との交流および国内研究者同士の交流を深めました。会の半ばには農環研有志を中心とするバンド(グループ名: Soils )が登場しました。土壌名からなるメンバーの紹介(アルトサックス: “Sticky” Gray Lowland soil、テナーサックス: “Soft” Andosol、ベース: “Sunshine” Yellow soil、ドラム: “Hot” Red soil、キーボード: “White” Podsol、バイオリン: “Fruitful” Forest soil)の後、熱い演奏が行われ、Bleeker 博士と Yan 教授にもセッションに飛び入り参加していただきました(写真3)。

国際窒素セミナー(写真3)

写真3 農環研食堂で行われた意見交換会で Bleeker 博士、Yan 教授と共演する “Soils” のメンバー

また、翌2月11日(水曜日)には、両氏に、霞ヶ浦流域内における農業、水質、水利用などの実態を理解していただくためのエクスカーションを実施しました。午前中は、茨城県霞ケ浦環境科学センターを訪問し、同センターの湖沼環境研究室の菅谷和寿室長に館内を案内いただきました。両氏は、霞ヶ浦沿岸における甚大な浸水被害防止のために築かれた堤防や水門と湖水の水質変化の関係などについて理解を深めるとともに、茨城県の森林湖沼環境税について高く評価していました。また、霞ヶ浦沿岸の日本一広大なハス田地帯におけるレンコン収穫作業のようすを現地視察し、こちらからは、ハス田は霞ヶ浦への窒素負荷源の一つであること、水管理などの改善によって窒素負荷を削減できること、このハス田地帯は世界農業遺産への申請が検討されていることなどを説明しました。午後は、北浦に注ぐ鉾田川流域内の集約的な農畜産業の現状や農環研の観測サイトの視察などを行いました(写真4)。

国際窒素セミナー(写真4)

写真4 集約的な農畜産業流域における農環研の観測サイトを見学

さらに、2月12日(木曜日)には、所内限定の小規模なミーティングを行い、現在、OECD 内の作業部会で Bleeker 博士を中心に検討が進められている新たな窒素指標(economy-wide nitrogen indicator)や、INI および UNEP(United Nations Environment Programme、国連環境計画)が準備を進めている国際プロジェクト INMS(International Nitrogen Management System、国際窒素管理システム)の今後の進め方などについて、両氏と具体的な意見交換を行いました。

国際窒素セミナーとその後の2日間にわたる両氏との意見交換・交流を通じて、日本を含むアジア各国における窒素負荷削減の取組みの重要性、そして、それを実現するための国際連携の重要性をあらためて強く感じました。

このセミナーは,農林水産省農林水産技術会議事務局の平成26年度国際共同研究推進事業「農業生産の環境影響総合評価システムの構築に係る海外との共同研究に向けた調査」と、同委託プロジェクト研究・気候変動対策プロジェクトA-1系「農林水産分野における温暖化緩和技術及び適応技術の開発」により、外国人研究者の招へいと滞在に係る費用の支援を受けて実施されました。

(物質循環研究領域 江口定夫、林健太郎、朝田景、常田岳志、吉川省子)

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