流域とは「水系を中心にして広がる雨の集まる大地の範囲」あるいは「雨水が水系に集まるくぼ地」であると、著者は本書の中で定義している。「高い土地があり、それに囲まれるようにして土地がだんだん低くなっていき、もっとも低いところを川が流れている」。流域を囲む尾根の部分が、降った雨の行方を分ける「分水界」である。著者は、地形図で川をたどり、尾根と谷を見つけて自分で「流域地図」をつくり、自分の足で歩いてみることをすすめる(第1章 「流域地図」をつくってみよう)。
川と人間の関係について、エネルギー源や移動手段として利用されてきた川は、一方で洪水を引き起こす存在でもあった。川の中や周辺には、さまざまな生きものが住んでいる。源流から中流、下流、河口まで、さまざまな自然があり、それぞれが多様な生きものののすみ場所となっている。生きものの間には「食べたり、食べられたり」の食物連鎖(しょくもつれんさ)だけでなく、川のほとりの渓畔林(けいはんりん)と魚の関係のような複合的なつながりもある。
「流域地図」をつくることによって、いま自分のいる場所を、都道府県や市町村のような行政区分の住所ではなく、流域(集水域)でわけた「自然の住所」で表すことができ、大地のデコボコや、自分のまわりの自然が水系を介してどこにつながっているかが把握できる。そのことによって流域に住む生きものたちの存在に気づき、流域にそって形成される生態系(流域生態系)を実感する機会になると著者は言う(第2章 流域とは?)。
都市に住む現代人は、「自然から切り離され、人工的な空間で暮らすことをつねとしている」。地球で起きているさまざまな危機を克服するためには、自然とのつながりを意識した「すみ場所」の感覚を持つことが重要である。「流域地図」は、それに役立つと著者は言う。洪水は、行政区域内ではなく流域を単位として発生する。また、生物多様性の保全も、流域の中に多様な環境を維持し、多様なすみ場所を用意することが必要である。地球のさまざまな危機に、これまでの行政区分地図では対応できない、「流域地図」の発想が必要であると、結論づけている(第3章 「流域地図」 で見えてくるもの)。
2つのコラムでは、小網代(神奈川県三浦半島)と、鶴見川流域(東京都・神奈川県)で、著者が実際に関わってきた流域保全活動が紹介されている。
振り返ってみると、農業環境技術研究所が取り組んでいる農業環境問題でも、有害化学物質による水質汚染、気候変動による水資源の変化、外来生物の環境影響など、「流域」を直接の対象とするものは多い。「流域地図」の考え方が一般の市民の中に広がっていくことを期待したい。
目次
まえがき
第1章 「流域地図」 をつくってみよう
「川」 を軸に自分の居場所を把握する
身近な川をたどってみよう
自分の水系を探る
川はどう流れていくのか
川はさまざまな地形をつくり出す
沖積低地に広がる川の地形とは?
流域の特徴は、「尾根があって、低地がある」
地形図を使って「尾根」 と 「谷」 を見つける
自分の足で 「流域」 を歩いてみる
身近な流域を探してみよう
流域は自分でもつくれる?
第2章 流域とは?
人は川の恵みによって生かされてきた
エネルギー源、流通の要としての川
地球環境の危機で、治水がますます重要になる
川は自然のにぎわいを育む
自然の小さな変化が、生態系に大きく影響する
川は 「地球の水循環」 の一部である
日本を流域で区分けしてみると……
「流域地図」 であなたの住所を記してみると……
「流域地図」 で、あなたがいま、どの大地にいるのかがわかる
「地図」 が大地のデコボコを忘れさせる
「流域地図」 は生きものとのつながりに気づかせる
コラム(1) 緑におおわれた完璧な流域「小網代」を歩く
第3章 「流域地図」 で見えてくるもの
大人や子どもの大地に対する感覚がおかしい!?
人間は母語を習得するように「すみ場所」感覚を身につける
地球忘却の 「すみ場所」 感覚の人が増えている
地球環境はいま、危機に直面している
「流域地図」 で地球との距離感を取り戻す
文明はそれぞれに、生きるための 「地図」 を持つ
産業文明は平面的なデカルト・マップが基準
足元の大地を見つめ直す
洪水は、行政区を超えて流域で起こる
「里山」 での保全の問題点
地球の危機に、これまでの 「地図」 では対応できない
「流域地図」 に基づいた 「鶴見川流域総合治水対策」
「50年に1度」 規模の大豪雨への対策は不十分
「流域」 が丸ごと残された三浦半島・小網代
動き出した鶴見川流域の 「水マスタープラン」
「水マスタープラン」 の5つの柱
「水マスタープラン」 の今後の課題とは?
都市と自然の共存をめざして
「自然の地図」 はいくつになっても習得可能
コラム(2) 流域地図で市民が動いた〜鶴見川流域のTRネットの活動について
あとがき