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農業と環境 No.183 (2015年7月1日)
国立研究開発法人農業環境技術研究所

論文紹介: ヒ素の新たな化学形態別分離法

New procedures for arsenic speciation: A review
Ming-Li Chen et al.
Talanta, 125, 78-86 (2014)

食品に関する国際基準を検討しているコーデックス委員会は、2014年7月の総会において、精米中の無機ヒ素(亜ヒ酸およびヒ酸)の最大基準値0.2 mg/kgを採択するとともに、玄米中の無機ヒ素の最大基準値についても検討を継続することとした。

コメには無機ヒ素以外にもメチル化ヒ素が含まれるが、無機ヒ素ほどの悪影響はないと考えられている。すなわち、ヒ素の人への影響はその化学形態に依存することから、食品あるいは飲料水中のヒ素を形態別に分析し、評価することが求められている。

このような背景の下、ヒ素の形態別分析の手法が近年急速に発達し、数多くの分離手法が提案されている。ここでは、ヒ素の形態別分析のための分離方法に関する最近の研究をレビューした論文を紹介する。

水に含まれるヒ素あるいは食品等から酸抽出されたヒ素を形態別に分離する手法は、固相抽出液液抽出水素化物発生法高速液体クロマトグラフィ などに大別される。

固相抽出には、抽出と濃縮が簡便に行え、必要とする試薬も少量ですむなどのメリットがある。従来から使われている一般的な抽出材の使用例としては、陰イオン交換樹脂を使って地下水の亜ヒ酸とヒ酸を現場で分離する手法や、表面に修飾基を付加したメソポーラスシリカにヒ酸を吸着する手法がある。ナノマテリアルも固相抽出に利用されるようになり、カーボンナノ繊維、マグネタイトナノ粒子、二酸化チタンナノコロイドなどを使った亜ヒ酸とヒ酸の分離が検討されている。生体物質も固相抽出に利用できる。たとえば、卵の殻はカルシウム層と内側の薄膜からなる二重構造をもち、表面積の広さと官能基の存在により、有機分子と金属イオンの吸着作用を有する。近年、卵殻の膜をメチルエステル化することでヒ酸の吸着能を増大させ、亜ヒ酸との分離に使えることが報告されている。その他、細胞壁上のアミン、アミド、ヒドロキシル基、カルボン酸、エーテル、チオール、リン酸基は吸着機能を持っており、金属の形態別分離の可能性を有している。

固相抽出材を複数組み合わせることにより、亜ヒ酸、ヒ酸、モノメチルアルソン酸(MMA)、ジメチルアルシン酸(DMA)の分離が可能になる。たとえば、強塩基性の陰イオン交換樹脂の流出液は亜ヒ酸を含み、鉄を含むハイブリッド樹脂の流出液、塩化銀を含むハイブリッド樹脂の流出液は、それぞれDMAとメチル化ヒ素(MMAとDMAの合計量)を含むことから、各溶出液中のヒ素を測定することで形態別のヒ素が計算できる。

液液抽出は従来から多用されているが、近年においても検討がなされており、たとえばドデカン・ドデカノール混液によるヒ酸の抽出法が提案されている。また、イオン液体(ionic liquid)による抽出も盛んに検討されている。イオン液体は蒸気圧が低く、非可燃性、高い安定性、低毒性など、従来の有機溶媒に取って代わる可能性をもつ。亜ヒ酸の錯体をイオン液体で抽出し、水素化物発生−原子吸光装置で分析する手法などが報告されている。

水素化物発生法は、亜ヒ酸を水素化して原子吸光あるいはICPで測定する方法であり、試料溶液を直接水素化したときは亜ヒ酸の定量が、ヒ酸を亜ヒ酸に還元してから水素化したときは無機ヒ素の定量ができる。メチル化ヒ素を含む場合は、水素化物の発生条件を制御することでメチル化ヒ素の影響、特にDMAの影響を抑えることができる。したがって、コメ試料の抽出液のようにメチル化ヒ素の主体がDMAでありMMAをほとんど含まない場合は、水素化物発生法で無機ヒ素の定量が可能である。

高速液体クロマトグラフィは、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)と組み合わせてヒ素の形態別分析に用いられている。コメ試料のように、無機ヒ素やメチル化ヒ素など複数の形態のヒ素を含む試料の定量に適している。ICP-MSでヒ素を測定する場合、同重体干渉( 75Asと質量で分離できない 40Ar 35Cl)が問題になるが、同重体干渉用の内部標準物質(IFS、ヒ素測定の場合は 83Kr)を活用することで、ヒ素の定量精度が向上する。

以上、いくつかの分離手法を紹介したが、これらの方法は液体(水溶液)の状態の試料を分析対象としている。本論文の著者らもその点を問題視しており、生物試料や環境試料のような固体試料を直接分析する方法の開発が急務であるとしている。

農業環境技術研究所においては、コメの形態別ヒ素分析法を検討し、「HPLC-ICPMSによる米(玄米・精米)中ヒ素化合物の形態別分析の標準作業手順書(SOP)Ver.1.0」を公開している。また、農林水産省委託プロジェクト・食品の安全性と動物衛生の向上のためのプロジェクト ―フードチェーンのリスク低減に向けた基盤技術の開発 「水稲におけるヒ素のリスクを低減する栽培管理技術の開発(平成25〜29年)」において、米の無機ヒ素、あるいは総ヒ素の簡易迅速分析法の開発、放射光を利用して土壌中のヒ素の形態を直接分析する手法の開発などにも取り組んでいる。

川崎 晃(土壌環境研究領域)

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