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農業と環境 No.184 (2015年8月3日)
国立研究開発法人農業環境技術研究所

論文紹介: 生態系復元で農地の生物多様性と生態系サービスは回復するか? メタ解析による検証

Quantifying the impacts of ecological restoration on biodiversity and ecosystem services in agroecosystems: A global meta-analysis
M. P, Barral et al.
Agriculture, Ecosystem and Environment, 202, 223-231 (2015)

世界中で農地の拡大や集約化が進行し、食糧生産性が向上したことと引き換えに、生物多様性が低下していることが報告されています。生物多様性の低下はさらに、自然が私たちにもたらす恵み(生態系サービス)の一部を低下させています。このため、生物多様性と生態系サービスの低下を食い止める手段として、生態系の復元(環境保全型農業や自然再生地の創出など)に期待が集まっています。復元の効果は世界各地で個別に調べられてきましたが、それをとりまとめて分析し、全球規模で効果を論じた報告は、これまでありませんでした。

このレビュー論文では、世界20か国(おもに欧州)の個別事例(54の文献からの141事例)を用いたメタ解析の結果が報告されています。各事例から、生物多様性の指標として各分類群の種数や個体数を抽出しました。また生態系サービスとして、事例数の比較的多い基盤サービスと調整サービスに着目し、前者の指標として土壌の物理・化学的特性(全窒素、有機物量など)、後者の指標として3つ(炭素蓄積、送粉、生物防除)を抽出しました。

これらの指標値を、まず劣化した生態系(集約化された農地など)と復元された生態系とで比較しました。その結果、生態系の復元によって生物多様性は1.68倍、基盤サービスは1.42倍、調整サービスは2.2倍に、いずれも回復したことが明らかになりました。なかでも送粉サービスは3.28倍と高い回復力を示し、農地の縁に送粉者の生息地を設けることがもっとも効果がありました。つぎに復元された生態系と自然生態系(農地として利用されていない自然環境)を比較した結果、指標値に有意な差は認められませんでした。復元生態系は、生物多様性や生態系サービスが自然生態系と同程度まで回復している可能性が示されました。

さらに、復元手段の違いが各指標値にもたらす影響を調べました。まず、土地の共有戦略(土地全体を農地として利用するが環境保全型農業を実施)と分割戦略(土地の大部分を生産重視の農地とするが、一部を自然再生地として残す)を比較しました。その結果、土地の分割戦略のほうが生態系サービスが大きく回復しましたが、生物多様性の回復には差がありませんでした。次に、受動的な復元(耕作放棄など自然遷移(せんい)にまかせる)と能動的な復元(境界部分に花粉の多い植物を植えるなど人為的な介入をする)との指標値の違いも調べましたが、統計的な差は認められず、復元コストを考慮すると受動的な復元のほうが望ましい手段である可能性が示されました。

最後に、生物多様性と生態系サービスの両方の指標を調べた16の研究だけを用いて、両者の相関関係を調べました。その結果、両者には統計的に有意な正の相関関係が認められ、生物多様性と生態系サービスの回復は比例することが分かりました。

この研究は、農地における生態系の復元によって生物多様性と生態系サービスの両方が大きく回復しうることを示す重要な研究であると言えます。しかし、著者らが述べている通り、生態系サービスのうちの供給サービス(食糧生産)を定量化できていないことが大きな問題として残されています。生態系の復元は食糧生産にとってはマイナスに働くことが考えられます。今後はこのサービスも数値化し、生物多様性と生態系サービスの関係をより総合的に理解することが、科学だけでなく経済や政策にも貢献するために求められます。またこれらの知見は、2010年に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会合(COP10)で掲げられた愛知ターゲットの達成(劣化した生態系を15%以上復元させること)にも役立つと思われます。

片山直樹 (生物多様性研究領域)

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